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第四の記録
幕間03
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「そんな…」
後藤は己に愍然たるものを覚えた。
当たり前の事が、何も思い出せない。黒いベールがかけられたかのように。
「この何十年の勤務は、全て欺瞞だったってのか…!」
「うわっ!」
嘆く後藤をよそに、大久保が小さく叫んだ。
「見てください、このノートを…」
大久保が差し出したのは、紛れも無く後藤が普段書き付けている勤務日誌であった。
背中を這いずり回る様な悪寒がした。
中に書かれていたのは…
既に字という概念は、そこには無かった。然し、絵とも呼べない奇妙な線の塊とでも言おうか。
乱雑に書き散らかされ、線が群れを成していた。
「何だこれは…!ただの落書きじゃないか!」
線の集合体は、最後のページだけを残して、ノートを食い潰していた。
「嘘だろ…!こんなイかれた落書きを、俺は毎日真剣に書き留めていたっていうのか…?」
大久保が小さく首肯いた。
「俺は一体、今まで何をしてたんだ…?」
後藤の目尻から、涙が噴き出した。
それは、悲しさなどではない。全身を磔にする様な、恐怖だ。
「…どうしたらいいんだ?大久保…」
取り乱す後藤が、蒼白な顔で考え事をしているらしい大久保に問うた。
「ここが異界であるのは確実、ですから…何としてでも、ここを抜け出さない事には…」
「抜け出す…って…お前もあれを見ただろ、聞いただろ。あんな風に、やられちまうんだよ!!」
「落ち着いて下さい、後藤さん。我々はまだ、ここを異常な空間であると認識できたんですから、まだ可能性があると思います」
「本当、なのか…?」
「兎も角、ここから逃げ出す方法を考えましょう」
「それは、物理的な意味でか?」
「いや、例えこの交番から外へ出たとしても、何の意味も成さないと思います。車や人まで外にいなかったと考えると…僕の解釈はこうです。この交番が異界なのでは無く、交番自体が、異界に運ばれてきた。だから、ここでの記憶のみが、正常に機能しているんだと思います」
「じゃあ外に出ても…」
最早交番の前に立ち尽くす怪しい男どころの騒ぎでは無い。
怪しい男…?
後藤の頭が凍り付いた。
「まさか、交番の前にいるんじゃ、ないのか…?」
二人がいる奥の部屋からは、交番の正面が見えない。
これまでの話を考えれば、必ずあれが現れる…!
「そ、そんな莫迦な…」
大久保が言葉を詰まらせた。
「どうする?大久保…」
「念の為、確認しましょう。ただ、ひょっとすると、もう中にも、入り込んでいるかもしれません」
「何だと!?」
「ですから、金庫のあれを構えておくべきです」
大久保が示すのは、金庫に仕舞われた拳銃の事だ。
事件が起こらずに、全く使う機会も無く、金庫に仕舞われた拳銃。
「そんなモノが、通用するのか…?」
「分かりません。でも、何もしないよりは…」
後藤は頷き、拳銃を手にドアの前にしゃがみ込んだ。
「お前はそこに隠れてろ」
腐っても上司である自分が、クヨクヨしてはいけない、後藤はそう自戒した。
大きく息を吐いた。このドアの先にはいるかもしれない…
心臓が鞭打つように血を送り出す。
「開けるぞ」
右手をトリガーにかけ、ドアのノブに左手を掛ける。
ドアを少しづつ押していく。生温い風が忍び込んで来る。
何かがいる気配はまだ無い。
ドアが完全に開きかけ、外が顕になろうとしたその時、
バタン!という音。
「うわああああ!」
気が付けば後藤は、ドアを押し開けて、拳銃を何発も発砲していた。
後藤は、目を瞑っていた。
静寂が、広がっていた。
「何も、いないみたい、だな…」
「ええ。窓の外にも、いません」
後藤はまた、大きく息を吐いた。
「こ、これって…」
「え…?」
大久保が無言で、表の部屋の机に視線を送った。
「これは…」
後藤は、絶句してしまう。
机の上に置かれていたのは、分厚く、黄ばみ、古びた原稿用紙だったのだ。
以下の語りは、原稿用紙の内容をそのまま掲載したものである。
後藤は己に愍然たるものを覚えた。
当たり前の事が、何も思い出せない。黒いベールがかけられたかのように。
「この何十年の勤務は、全て欺瞞だったってのか…!」
「うわっ!」
嘆く後藤をよそに、大久保が小さく叫んだ。
「見てください、このノートを…」
大久保が差し出したのは、紛れも無く後藤が普段書き付けている勤務日誌であった。
背中を這いずり回る様な悪寒がした。
中に書かれていたのは…
既に字という概念は、そこには無かった。然し、絵とも呼べない奇妙な線の塊とでも言おうか。
乱雑に書き散らかされ、線が群れを成していた。
「何だこれは…!ただの落書きじゃないか!」
線の集合体は、最後のページだけを残して、ノートを食い潰していた。
「嘘だろ…!こんなイかれた落書きを、俺は毎日真剣に書き留めていたっていうのか…?」
大久保が小さく首肯いた。
「俺は一体、今まで何をしてたんだ…?」
後藤の目尻から、涙が噴き出した。
それは、悲しさなどではない。全身を磔にする様な、恐怖だ。
「…どうしたらいいんだ?大久保…」
取り乱す後藤が、蒼白な顔で考え事をしているらしい大久保に問うた。
「ここが異界であるのは確実、ですから…何としてでも、ここを抜け出さない事には…」
「抜け出す…って…お前もあれを見ただろ、聞いただろ。あんな風に、やられちまうんだよ!!」
「落ち着いて下さい、後藤さん。我々はまだ、ここを異常な空間であると認識できたんですから、まだ可能性があると思います」
「本当、なのか…?」
「兎も角、ここから逃げ出す方法を考えましょう」
「それは、物理的な意味でか?」
「いや、例えこの交番から外へ出たとしても、何の意味も成さないと思います。車や人まで外にいなかったと考えると…僕の解釈はこうです。この交番が異界なのでは無く、交番自体が、異界に運ばれてきた。だから、ここでの記憶のみが、正常に機能しているんだと思います」
「じゃあ外に出ても…」
最早交番の前に立ち尽くす怪しい男どころの騒ぎでは無い。
怪しい男…?
後藤の頭が凍り付いた。
「まさか、交番の前にいるんじゃ、ないのか…?」
二人がいる奥の部屋からは、交番の正面が見えない。
これまでの話を考えれば、必ずあれが現れる…!
「そ、そんな莫迦な…」
大久保が言葉を詰まらせた。
「どうする?大久保…」
「念の為、確認しましょう。ただ、ひょっとすると、もう中にも、入り込んでいるかもしれません」
「何だと!?」
「ですから、金庫のあれを構えておくべきです」
大久保が示すのは、金庫に仕舞われた拳銃の事だ。
事件が起こらずに、全く使う機会も無く、金庫に仕舞われた拳銃。
「そんなモノが、通用するのか…?」
「分かりません。でも、何もしないよりは…」
後藤は頷き、拳銃を手にドアの前にしゃがみ込んだ。
「お前はそこに隠れてろ」
腐っても上司である自分が、クヨクヨしてはいけない、後藤はそう自戒した。
大きく息を吐いた。このドアの先にはいるかもしれない…
心臓が鞭打つように血を送り出す。
「開けるぞ」
右手をトリガーにかけ、ドアのノブに左手を掛ける。
ドアを少しづつ押していく。生温い風が忍び込んで来る。
何かがいる気配はまだ無い。
ドアが完全に開きかけ、外が顕になろうとしたその時、
バタン!という音。
「うわああああ!」
気が付けば後藤は、ドアを押し開けて、拳銃を何発も発砲していた。
後藤は、目を瞑っていた。
静寂が、広がっていた。
「何も、いないみたい、だな…」
「ええ。窓の外にも、いません」
後藤はまた、大きく息を吐いた。
「こ、これって…」
「え…?」
大久保が無言で、表の部屋の机に視線を送った。
「これは…」
後藤は、絶句してしまう。
机の上に置かれていたのは、分厚く、黄ばみ、古びた原稿用紙だったのだ。
以下の語りは、原稿用紙の内容をそのまま掲載したものである。
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