36 / 38
36 トロフィセ王国への帰還(3)
しおりを挟むカリアの手が私から離れた。彼女はぐらりとよろめくと、あわてて踏んばって体勢をもどす。そして頭に血が上ったように叫んだ。
「だっ……だったらその結界を解きなさいよ! この老いぼれ! 余計なことばかりして……!」
「頼んだのはあなたでしょう。──ええもちろん、それはやぶさかではありませんが」
とん、とチズ先生は杖を石の上に突く。
「私のコアはいまどこにありますか?」
「え……」
「答えなさい。私が追放されるときに取りあげた聖女のコアですよ。あれがなければ私は力を使えません。まさか、どこかに捨てたとは思いませんが」
カリアはわなわなと震える。「それは──それは──」
「まさか捨ててしまったのですか?──恥を知りなさい! あなたはいままで聖女としてなにを学んできたのですか!」
「ま、待ってください!」
彼女は首にかけていたペンダントを外した。そしてチズ先生に差しだす。
「私のコアを使ってください。お願いします。こんな顔の傷があったら生きていけません」
「それはあなたものでしょう。他人のコアでは力は使えませんよ」
「いいえ、そんなことありませんわ! だって私はずっとフローラの────」
カリアは口をつぐんだけれどもう遅かった。しんとした静寂の中、大広間にいる全員の視線が彼女に突きささる。
チズ先生はもう一度杖を鳴らした。
「……フローラの? なんですか?」
「ち、ちが……いまのは……」
「あなたはずっと──フローラのコアを使っていたのですか!」
白くなったコアがカリアの手から落ちる。
「ちがう! ちがうちがうちがうぅうう……っ!」彼女は絶叫しながら自分の髪を掻きむしると、私のドレスの裾にすがりついてきた。涙目で懇願してくる。
「お願いフローラ、この傷を治して! 顔にこんな大きな傷があったら私はもう生きていけないわ! 女として終わりよ。ねえ、あなたも同じ女ならわかるでしょう? 治してよぉおお……!」
「……っ、」
私はかっとなって叫んだ。「それくらいの傷で……っ!」
自分の顔の傷を見た私がどれだけ絶望したか。
同じ女なら、カリアにだってわかるはずなのに……!
「おい、カリアを押さえろ! 部屋に閉じこめるんだ!」
「殿下、アルフレッド殿下ぁああ! あなたからもお願いしてくださいませ! 私は、私はあぁああっ! あ──あ、あなたに、ふさわしい女にな、なるために美しくなったのです! い──いつか民が──わ──私を──王妃と呼ぶ日の──ため──に────」
近衛兵に押さえつけられ、カリアは階段を引きずられていく。
それは殿下に追放と婚約破棄を言いわたされた私の姿を彷彿とさせた。
「……くそっ……私はずっと騙されていたのか……」
カリアの悲痛な悲鳴は彼女が見えなくなってからもしばらく聞こえてきていた。それが消えるまでだれも言葉を発することができず、やがてアルフレッド殿下がくしゃりと髪を掻きまわす。
「騙されていた、ですか」くだらないと言いたげにラピスさまがつぶやく。
「自分で考えることをやめただけの間違いではありませんか? フローラさまが何者かに襲われたことや、カリアのコアの色が変わっていたことなど。疑う余地は充分にあったように思われますが」
「……《識別の鏡》が。鏡が、フローラは聖女ではないと告げたんだ」
「それは随分素晴らしいことで」
ラピスさまは私の肩を抱く。殿下からすこしでも遠ざけるように。
「伝承に従って自分の考えを放棄することは楽だったでしょうね。愛する者を信じぬくことよりも、ずっと」
アルフレッド殿下は獣のようなうめき声をあげる。
両手で自分の顔を乱暴にこすり、言いわけをすりつぶすように歯を食いしばったあとで、「……すまなかった、フローラ」とかすれた声で言った。
「……ええ、」
彼の裏切りは私に消えない傷を残した。
けれど、ここで許さなければ【いいえ】私はラピスさまと【綺麗事ね】前に進むことができ【この男はまた裏切ったのよ】な【私を】い
か
【赦さない】
ら
「……フローラさま?」
そばにいる少女の様子がおかしいことにラピスはすぐに気がついた。
「どうかし……」と言いかけ、彼女の表情が自分が知っているものとまったくちがっていることに息を呑む。
白い髪に赤い瞳の少女はふらりとラピスから離れた。大階段の踊り場に立ち、アルフレッドを凛とした眼差しで見下ろす。
「──なにか誤解がございますわ。アルフレッド・ザッケリさま」
「な、なんだ……?」
アルフレッドもフローラの様子がおかしいことに遅れて気がついた。不思議な威圧感を少女に覚えながら、「誤解?」と尋ねかえす。
少女は溜め息をついた。
「ほんとうに私が病んだ大樹を癒せるとお思いですか?」
「な、なぜだ。おまえの力なら治せるだろう?」
「思いだしてください。聖女の力についてのルールです。聖女は、自分自身にはその力を使えないのですよ」
「それがどうした……?」
少女はドレスをつまむと小さく礼をする。
「みなさま初めまして。私はフロウリラ。五百年前の大聖女、フロウリラです。
そして……『生命の樹』のもととなったもの」
「まさか」とラピスが彼女が言いたいことを察してつぶやく。
『禁忌の魔女』が持っていた歴史書の内容を知らないチズは訝しげに眉をひそめ、「な、なんのことだ」とアルフレッドはラピスと少女──フロウリラの顔を交互に見た。
「私がいま申しあげたとおりですわ。聖女は自分自身にはその力を使えない。
大樹はいわば私自身だというのに、私が治せるとでも?」
「な……っ!?」
アルフレッドは愕然とし、彼の動揺は周囲の兵たちにも伝わる。
「ど、どういうことだ」「聖女は大樹を癒せない?」とささやきあう声を聞いてフロウリラはくすくす笑った。
「理解していただけたようでなによりです。私は大樹を癒せない。そして大樹を癒せるような力を持つ聖女はこの国には存在しない。
あなたたちはこのまま滅びてゆくだけということですよ」
「……ま、待ってくれ。おまえは……フローラではないのか?」
「フローラは私の生まれ変わりです。あなたも王族ならばゼグエン帝国のことはご存じでしょう?
五百年前、私はゼグエン帝国の大聖女として傷ついた人々を癒していた。人々に尽くすことが私の喜びだった。ですが他国の人間を癒したことで私は皇帝陛下に密偵の疑いをかけられ、処刑されました。まるでフローラのように……一方的に」
ぎくりとしたようにアルフレッドは目を見開く。なにかを思いだしたらしく、「宝物庫に隠されていた本……」とつぶやいた。
「だがあんなものは忘れてよいと……与太話だと、父上が……」
「自らの祖先の汚点ですものね。子供には知らずにいてほしいと願うのもまた道理。
ですが、それでもあなたの父上はあなたに伝えなくてはいけなかった。自分たちにどれほど愚かな男の血が流れているのか。自分たちの祖先がどのような過ちを犯したのか。もう二度と──同じ過ちをくりかえさないために」
「……っ!」
「この五百年、私は大樹として国を守ってきました。私の婚約者が……たったひとり私を救おうとしてくれたあのひとが……私にそう望んだから。
でも……あのひとの声が聞こえたのです。もういい、と。いままでありがとう、あなたはもうこの国から解放されて自由に生きていいんだ、と。
歴代の聖女たちが大樹に祈りを捧げてきたおかげで、大樹は私が離れても力を保ちつづけることができるようになっていました。
だから私は国の守り神であることをやめて、偉大な力を持たないただの聖女として生まれなおすことにしたのです。
フローラ。すべてを忘れた聖女として」
「…………」
「聖女として生まれることを望んだのはこの国を守りたいと思ったからです。この国は、私がかつて愛したひとが築きあげた国だから。
ですがあなたはくりかえしてしまった。自らの手で私を追いつめてしまった。
真の聖女だったフローラは死にました。あなたの裏切りによって。
真の聖女だった私は死にました。あなたの祖先の狂気によって。
──あなたたちのせいですよ?」
1,188
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
婚約破棄されて去ったら、私がいなくても世界は回り始めました
鷹 綾
恋愛
「君との婚約は破棄する。聖女フロンこそが、真に王国を導く存在だ」
王太子アントナン・ドームにそう告げられ、
公爵令嬢エミー・マイセンは、王都を去った。
彼女が担ってきたのは、判断、調整、責任――
国が回るために必要なすべて。
だが、それは「有能」ではなく、「依存」だった。
隣国へ渡ったエミーは、
一人で背負わない仕組みを選び、
名前が残らない判断の在り方を築いていく。
一方、彼女を失った王都は混乱し、
やがて気づく――
必要だったのは彼女ではなく、
彼女が手放そうとしていた“仕組み”だったのだと。
偽聖女フロンの化けの皮が剥がれ、
王太子アントナンは、
「決めた後に立ち続ける重さ」と向き合い始める。
だが、もうエミーは戻らない。
これは、
捨てられた令嬢が復讐する物語ではない。
溺愛で救われる物語でもない。
「いなくても回る世界」を完成させた女性と、
彼女を必要としなくなった国の、
静かで誇り高い別れの物語。
英雄が消えても、世界は続いていく――
アルファポリス女子読者向け
〈静かな婚約破棄ざまぁ〉×〈大人の再生譚〉。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
本物の『神託の花嫁』は妹ではなく私なんですが、興味はないのでバックレさせていただいてもよろしいでしょうか?王太子殿下?
神崎 ルナ
恋愛
このシステバン王国では神託が降りて花嫁が決まることがある。カーラもその例の一人で王太子の神託の花嫁として選ばれたはずだった。「お姉様より私の方がふさわしいわ!!」妹――エリスのひと声がなければ。地味な茶色の髪の姉と輝く金髪と美貌の妹。傍から見ても一目瞭然、とばかりに男爵夫妻は妹エリスを『神託の花嫁のカーラ・マルボーロ男爵令嬢』として差し出すことにした。姉カーラは修道院へ厄介払いされることになる。修道院への馬車が盗賊の襲撃に遭うが、カーラは少しも動じず、盗賊に立ち向かった。カーラは何となく予感していた。いつか、自分がお払い箱にされる日が来るのではないか、と。キツい日課の合間に体も魔術も鍛えていたのだ。盗賊たちは魔術には不慣れなようで、カーラの力でも何とかなった。そこでカーラは木々の奥へ声を掛ける。「いい加減、出て来て下さらない?」その声に応じたのは一人の青年。ジェイドと名乗る彼は旅をしている吟遊詩人らしく、腕っぷしに自信がなかったから隠れていた、と謝罪した。が、カーラは不審に感じた。今使った魔術の範囲内にいたはずなのに、普通に話している? カーラが使ったのは『思っていることとは反対のことを言ってしまう魔術』だった。その魔術に掛かっているのならリュートを持った自分を『吟遊詩人』と正直に言えるはずがなかった。
カーラは思案する。このまま家に戻る訳にはいかない。かといって『神託の花嫁』になるのもごめんである。カーラは以前考えていた通り、この国を出ようと決心する。だが、「女性の一人旅は危ない」とジェイドに同行を申し出られる。
(※注 今回、いつもにもまして時代考証がゆるいですm(__)m ゆるふわでもOKだよ、という方のみお進み下さいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる