2 / 4
第一章
2 本気だったんだ
しおりを挟む体育が終わってからもクラスの話題は緒川のことで持ちきりだった。
中休み。緒川をかこんでいた輪にはいまや男だけじゃなく女子も加わっていて、「緒川くんがシュート決めるところ見たかったぁ」「ね、もう一回最初から話して」とさっきのサッカーの話を無限にしている。ほかのクラスのやつらもちらほら混ざっているみたいだ。
――そりゃたしかにかっこよかったけど。
あんなに同じ話ばっかさせられて緒川は疲れないんだろうか。ちょっと心配になるけれど、これは俺が他人と話すのが苦手だから思うのかもしれない。
「緒川くんってさー、ほんと少女漫画からでてきたみたいだよね」
「むしろ漫画のキャラよりかっこよくない?」
「わかるー」
緒川をかこんでいる女子たちがきゃあきゃあはしゃぐ。「そんなことないよ」と緒川は控えめだ。絶対あるのに。
「ねえ、緒川くんって彼女いるんだよね? 前の学校の子?」
クラスで一番かわいい女子の取り巻きがいきなり切りこみ、周りにいた女子たちの顔色がちょっと変わった。すぐにみんな「あ、それ聞きたい!」と目をきらきらさせて緒川の顔を見る。
緒川は苦笑した。
「いないよ。向こうから言われてつきあったことは何回かあるけど、あまり長続きしなくて」
「えー、なんで?」
「緒川くんと釣りあわないから?」
「なんか、完璧すぎて面白みがないとか言われるんだよね」
えー、と女子たちが信じられないという声を上げる。俺も心の中で上げた。
「緒川くんと話すのすごい楽しいのに」
「あれでしょ? 緒川くんの顔がきれいすぎていたたまれなくなったんでしょ」
「ありそー」
派手めな女子たちがけらけら笑う。
……ここまで聞いて俺はなんで自分が参加してない会話をこんながっつり聞いているのかと疑問を持った。
盗み聞きじゃん。いや、教室の真ん中でこんなでっかい声で話してるのに盗み聞きも変だけど。
壁時計を見ると休み時間が終わるまであと五分ちょっとだった。トイレくらいなら行ってかえってこれる。
楽しそうな話し声を聞きながら俺は席を立った。
――別世界の住民だなぁ。
五月中旬の廊下はぽかぽかして暖かい。歩いてるだけで眠くなりそうな気持ちのいい日、なのになんとなくさびしいのはなぜだろう。たっくんが休みだからか。
ラインしてみようかな。でも寝てたら悪いし。制服のポケットに入れたままのスマホを俺はちらりと見て、でも取りだすことなくひとり歩く。
クラスのグループラインというものに俺は入ってない。たぶんみんな、それについて悪気はない。ただ忘れちゃってるだけ……なんだと思う。
――でも、俺はこうやってここにいるのに。
存在してるのに忘れられる。悪意も好意も通りすぎていく。それはよく考えると結構きついことで、たまに俺ってなんなんだろうとかふと考えこんでしまう日もある。
きっと緒川には絶対にない悩みだ。
転校生だけど、あいつはもうクラスのグループラインに入ってるだろう。たくさんのクラスメイト――同級生――ひょっとしたら学年のちがう一年や三年とも――とラインを交換しただろう。
緒川は、いる。みんなの交友関係の中に。
みんなの意識の中に。
うらやましいを通りこして『すごいな』としか思わない。
ほんとうに俺と緒川は同じ人種なんだろうか。ざっくり分けたら同じヒト科でも、細かく分けていったらちがうかもしれない。それくらい別の人間だ。
なんてことを考えて歩いていたから。
「夏稀!」と後ろから大声で呼ばれたとき、俺は飛びあがるほど驚いた。
「え……、」
いま、名前呼ばれた? 俺の?
いやいや、たっくんが休みなのに俺を呼ぶ相手なんているわけ……
ない、と思いながら俺は念のため振りかえって。
ちょうど頭の中で考えていた相手が――緒川が走ってきて俺の前で立ちどまったのを見てきょとんとする。
「ど、どした……?」
あ、なんか忘れものとかしてたかな。でも財布もスマホもあるし。
それ以外に緒川が俺に用事とか……あるわけない、よな?
「ごめん、驚かせた」と緒川ははにかむ。自分でも突然の行動だった、っていうみたいに。
そして彼はポケットからスマホを取りだす。最新のiPhoneだ。
値段を考えてちょっとびっくりしたけど、緒川が持ってるならそれも当然という気がした。
「体育のとき言っただろ? ライン交換しようって」
「あ……」たしかに言われた、けど。
「……本気、だったんだ」
ぽろっと漏れた本音に緒川はさびしそうな顔をする。
「社交辞令に聞こえた?」
「い、いや、なんていうか……」
「俺は本気だよ。本気で、もっと夏稀のこと知りたい」
聞きまちがいかと思うほど緒川はそれをさらりと言う。
俺のこともっと知りたい、って、いま言った……?
固まっていると「夏稀、スマホだして」と緒川に言われる。
「休み時間終わっちゃうよ」
「そ、そうだよな」
うながされるままに俺はスマホをだし、たっくんと連絡先交換したのなんてもう一年も前だから操作の仕方が全然わからなくて――「ここ押して」「俺の画面読みとって」と緒川に優しく指示される通りに動く。
そして、なにがなんだかわからないまま俺のラインの友達一覧に緒川が追加された。
「はい、できた」
「う、うん……」
「ごめん、どこか行くところだったよね。また」
小さく手を振ると緒川は教室にもどっていく。
俺は自分がトイレに行こうとしてたことを思いだして。それが、べつに行きたくもないけど行こうとしてただけということも思いだした。
そんな感じで中休みは終わって、三限目の古文の授業がはじまったけど。
――え、スマホって生きてんの?
ついそう思ってしまうくらいポケットの辺りが落ちつかなかった。理由はわかってる。緒川からのラインが来ないか気になっているから。
当然、俺が授業中ということは緒川だって授業中だ。そして緒川はこういうときにスマホをいじるタイプじゃない。だから気にする必要なんてないんだけど。
……やばい。
嬉しい、かも。
クラスメイトとラインを交換しただけ。日常でありふれてるはずのそんな行為が――胸がじわじわ熱くなるくらい俺には特別だった。
相手が緒川だから?
たぶんそう、だと思う。たっくんとライン交換したときも嬉しかったけど、なんとなくあのときは安堵感のほうが強かった。これでもうぼっちじゃないっていう。
緒川だから、こんなに嬉しい。
たっくんのことはもちろん友達として好きだけれど、それは認めざるをえない。たっくんもさすがに緒川相手ならわかってくれるだろう。
クラスの『アイドル』とライン交換してもらえるときがくるなんて。
自分まで特別になったような気がする。そんなわけない。俺なんか緒川からしたらたくさんいる知り合いのひとりでしかないことは百も承知で。
「では緒川くん、ここの『聞かすな』とはどういう意味でしょうか」
眼鏡で細身の国語教師――キボセンに指されて、緒川は「聞かせるなという意味です」となんなく答える。
「そのままここの文を現代語に訳してください」
「はい――」
ふつうは何度も突っかかりそうなところを緒川はすらすら答え、『あいつ木彫りなんじゃねえの』と陰口を叩かれるくらい表情に変化がないキボセンが満足そうににっこりうなずく。「正解です。さすが緒川くんですね」
「すげーじゃん」と伊藤が振りかえって調子よく手を叩く。それにみんな乗っかって拍手をして、緒川は困ったように笑った。俺も近くの席(あいにく俺は後ろの扉から一番近くで、緒川は窓際の前から二番目の席だ)だったら手くらい叩いたかもしれない。
――イケメンって生きてるだけでドラマなんだな……。
遠くの星の住民を見ているような気持ちで俺は思う。もうひとつの心臓みたいに意識していたポケットのスマホが急速に眠りについたような気がした。
そしてつつがなく授業は終わって、昼休み。
ゲーム同好会に与えられている部室のソファでひとり黙々と弁当を食べていたらスマホがメッセージを受信した。
母親かたっくんからかな。そう思いながら俺はスマホの画面を確認し、え、と思わずつぶやいた。
『緒川聖夜』
メッセージの送り主は、まさかの緒川だったから。
驚きのあまり弁当箱をひっくり返しそうになりながら俺はラインを開く。そして、緒川からのメッセージを読んで首をひねった。
『俺、軽く見えるのかもしれないけど冗談であんなこと言わないよ』
……どういう意味だろう。誤送信?
迷ったけれど、間違いなら間違いって教えてあげなきゃいけない。『どういうこと?』と俺は返信する。
すぐに既読がついた。返信もすぐにくる。
『夏稀を知りたいってこと』
え? と思ったのも束の間だった。すぐに信じられないようなメッセージが送られてくる。
『放課後、一緒に出かけない?』
10
あなたにおすすめの小説
塩対応の同室αが実は俺の番を狙っていた
雪兎
BL
あらすじ
全寮制の名門学園に入学したΩの俺は、入寮初日から最悪の同室相手に当たった。
相手は学年でも有名な優等生α。
成績優秀、運動もできる、顔もいい。なのに——
めちゃくちゃ塩対応。
挨拶しても「……ああ」。
話しかけても「別に」。
距離も近づけないし、なぜか妙に警戒されている気がする。
(俺、そんなに嫌われてる……?)
同室なのに会話は最低限。
むしろ避けられている気さえある。
けれどある日、発情期トラブルで倒れた俺を助けてくれたのは、
その塩対応αだった。
しかも普段とは違い、必死な顔で言われる。
「……他のαに近づくな」
「お前は俺の……」
そこで言葉を飲み込む彼。
それ以来、少しずつ態度が変わり始める。
距離は相変わらず近くない。
口数も少ない。
だけど――
他のαが近づくと、さりげなく間に入る。
発情期が近いと察すると、さりげなく世話を焼く。
そして時々、独占欲を隠しきれない視線。
実は彼はずっと前から知っていた。
俺が、
自分の運命の番かもしれないΩだということを。
だからこそ距離を取っていた。
触れたら、もう止まれなくなるから。
だけど同室生活の中で、
少しずつ、確実に距離は変わっていく。
塩対応の裏に隠されていたのは――
重すぎるほどの独占欲だった。
僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね
舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」
Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。
恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。
蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。
そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。
【完結】第三王子、ただいま輸送中。理由は多分、大臣です
ナポ
BL
ラクス王子、目覚めたら馬車の中。
理由は不明、手紙一通とパン一個。
どうやら「王宮の空気を乱したため、左遷」だそうです。
そんな理由でいいのか!?
でもなぜか辺境での暮らしが思いのほか快適!
自由だし、食事は美味しいし、うるさい兄たちもいない!
……と思いきや、襲撃事件に巻き込まれたり、何かの教祖にされたり、ドタバタと騒がしい!!
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する
知世
BL
大輝は悩んでいた。
完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。
自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは?
自分は聖の邪魔なのでは?
ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。
幼なじみ離れをしよう、と。
一方で、聖もまた、悩んでいた。
彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。
自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。
心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。
大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。
だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。
それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。
小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました)
受けと攻め、交互に視点が変わります。
受けは現在、攻めは過去から現在の話です。
拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
宜しくお願い致します。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる