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出禁 第八話 ギルマス VS サブマス その1
しおりを挟む「ギルドマスター、ちょっといいかしら」
ギルドマスターの部屋のドアを開けたのは、山羊のような丸めた角が輝き、ウェーブのかかった長い銀髪をなびかせた痩身麗躯の美貌のヴィリス族の女性、サブギルドマスターのジェシカだった。
二十代半ばくらいにしか見えないが、すでに御歳うん百歳。実年齢を知るものは誰もいない。本人曰くヴィリス族の中では若手らしい。
ギルマスの部屋で、相変わらずパン一で鏡に向かってポージングしていた筋肉男のマッスルは突然現れた妻の姿に硬直した。
「……お、おう。……か、帰ってたのか」
「あら、一ヶ月ぶりに王都から最愛の妻が帰って来たっていうのに、『おう、帰ってたのか』って、それだけ? 」
ジェシカは、拗ねるような目で筋肉ギルマスを見つめる。妻でありサブギルドマスターのジェシカは、この一ケ月領主の随行で王都へ出張に出ていたのだ。
「い、いや、寂しかったよマイハニー、君のいないこの一ヶ月のなんと味気ない生活だったのだろうか。今まではまるで――」
マッスルは普段使わない言語中枢をフル回転させて、歯の浮くようなセリフを連発する。
しかし。
「そういうのはいいから」
「……」
自分で催促しておきながら――、と思いながらもマッスルは何も言えない。
表向き立場は自分が上だが、実際には(ギルドでも家庭でも)妻であるジェシカの方が実権を握っているからだ。
そしてジェシカが、最初に『貴方』ではなく『ギルマス』と呼ぶ時は仕事モードであり、さらに『ギルドマスター』とよそよそしく呼びかける時は、良い話だった例がない。
「それにしても、臭いわね」
部屋の中にはマッスルの流した汗の匂い、男臭と加齢臭が充満している。
ジェシカは左手で鼻を摘み、部屋の入り口から一歩も動かず、抜く手も見せずに右手を一閃、同時に三方向にあった窓がガシャンガシャンと音を立てて破散する。
そしてジェシカが小声でぶつぶつと詠唱したかと思った瞬間、ジェシカを中心に突風が巻き起こる。
デスクの上に書類があったなら吹き飛ばされて舞い上がり、女性秘書などがいたらキャアといってスカートを押さえたことだろう。だがここには重いダンベルなど身体を鍛える道具と、パン一の筋肉の塊しかいなく、マンガでいうサービスカットなシーンにはならなかった。
ジェシカの巻き起こした突風は、壊れた窓から男臭を一掃する。
ふう、これで息が出来る――、といってジェシカはニッコリ笑い、手に持っていた鞭を背後のマジックバックにしまった。
窓の外から「割れたガラスが飛んできたぞ」「気にするな時々ある」「いつもの夫婦喧嘩さ」と声が聞こえる。
「……アア、イイ空気ダナ、ハハハ」
今日はいつにもまして機嫌が悪そうだ。
「今日、ギルドマスターに聞きたかったのは――」
「そうだ、オレはこれから打ち合わせがあったんだ」
マッスルはなけなしの脳みそを働かせ、やおら立ち上がってジェシカが本題に入る前に逃げを打つ。
――が、そんな下手な言い訳が通じるはずはない。
「へえ、誰と」
「え、えっと、解体部のハイドと打ち合わせが――ッ!? 」
「あら奇遇ね、さっきそのハイドと会って話をしてきたの、そしたら『ギルマスが話を聞いてくれません』って嘆いていたわよ」
「えっと、その話しをしに――」
「それはもう終わったわ」
ギルマス渾身のウソは喰い気味に否定される。
「……じゃなくって、あ、そうそう領主様と今度の武闘大会の打ち合わせ――ッ!? 」
「領主様はずっと私と一緒に王都に行ってて、まだ帰ってないわよ」
「あ、えっとト、トイレに……」
「いいわよここで漏らしても。でも後始末は自分でしてね」
「……」
あっという間にチェックメイト、逃げられない。
「とにかく立ったまんまじゃ話もできないから座りましょ」
そう言ってジェシカはソファに腰掛け、マッスルにも座るようすすめる。するとマッスルはジェシカの正面のソファ……の横の床に正座する。
「なんで床に正座するのかしら」
「なんとなく、その方がいいのかなと……」
今までの経験上、ジェシカが怒っている=(イコール)自分が悪い、という公式が成り立っている。つまりマッスルの選択肢は、座れといわれたら床に正座するしかないのだ。理由は分からなくとも。
まあいいわ――、と軽くスルーしてジェシカは本題に入る。
「解体部のハイドに聞いたんだけど――」
解体部とは、ギルドのダンジョン前支部にある部署で、ギルドに持ち込まれた魔物素材を、依頼主の注文に応じて素材毎に解体・加工する、ハイドはそこの責任者である。
「ダキア武具店から依頼が出されている鎧の素材、最近全然集まってないみたいなの」
「鎧の素材? 【グリーンキャタピラ】とか【マッドキャタピラ】とかか? アダマンタイトとか高級な重量系の方じゃないよな」
「そうね、キャタピラ系の中軽量の方。王国軍の第三師団が魔物討伐の遠征に行くから、いろんな武具工房に鎧とか武器の大量注文をしてるんだけど、この街でもダキア武具店が鎧を三百体注文を受けていて、その素材集めをウチに依頼された件よ。覚えているわよね」
「あ……あぁ、もちろん覚えてるよ」
もちろんマッスルはそんな事はすっかり忘れている。だからジェシカは、わざわざマッスルが思い出せるように解説入りで問いかける。
「その素材は、十日ほど前までは順調にダンジョンで収集されていたんですって、主に【マッドキャタピラ】が。残りが鎧約百五十着分、キャタピラ約二百匹分なんだけど、十日前からピタっと入ってこなくなっちゃったって嘆いてたわ」
「へぇ、素材が入らないとその工房も大変だろうなぁ」
考えるそぶりも見せずにマッスルはのほほんと答える。やはり頭に脳みそは入っていないようだ。
「あのね、素材がないとその工房も大変だけど、素材提供を請け負ったウチも責任を問われるのよ」
あまりの他人事のような態度に、ジェシカは少しイラッとする。
「ハイドが言うには、今までその素材はある冒険者が一人で集めてきていたらしいんだけど、その人が急に来なくなっちゃったんですって。何か知らない? 」
「いや~、オレも冒険者一人一人の行動までは分からないな~」
「その冒険者って言うのがジーンなのよ。ジーンがウチに素材を下ろさなくなっちゃったのよ。何か理由を知らない? 」
「ふ~ん? いやあ何も。……あれ、そういえば十日ほど前にジーンに会ったな」
「そう? それで何か言ってなかった? 」
「いや、別に。オレの筋肉を見て『凄い! 』とか『世界一! 』とか、やたらと褒めていたけど」
「……」
惚けているのではなく、本当に覚えていない様子なのがさらに頭にくる。
ジェシカのコメカミに青筋が一本浮かんだ。
「さっきハイドの話を聞いた後、ギルドのダンジョン前支部を出ようとしたら、受付嬢のレベッカにジーンの事で話があるって言われてね。聞いてみたらレベッカは、十日程前にたまたま本部に資料を届けに来たらしくて、そのときギルマスの部屋から出てくるジーンを見たって言うの。で、廊下でこんなものを壁に叩きつけてね、叫んだらしいのよ。『チクショー』って、大声でね」
ジェシカがポケットから取り出したのは、少しくしゃっと歪んだ紙飛行機に折りたたまれた書類だった。
「紙飛行機が上手く飛ばなくってイライラしてたのか。……子供じゃないんだから」
「……(ギロリ! )」
「そ、そんなわけないよな、ははは」
乾いた笑いでごまかして、マッスルは書類を読もうと手を伸ばすが、ジェシカは片端を握ってはなさない。
「心当たりは無い? 」
「う~ん」
マッスルは小首をかしげる。仕方なくジェシカは書類を手放す。
「ふ~ん? 何々『ジーンをダンジョン出禁にする』ってホントかよ。ジーンもカワイソウだなあ」
書類を読んだマッスルはホントに他人事のように笑う。
「その下に貴方のサインが入っているけど。ホントに心当たりは無いの? 」
「エッ? ……ホントだ。……あっ」
その時初めてマッスルは十日ほど前のやり取りを思い出したようだ。
「心当たり無い分けないわよね。三歩歩けば忘れる鶏じゃないんだから。ちゃんと覚えているわよね」
念を押すようにジェシカは、鋭い眼光を込めてマッスルに問いかける。
「も、もちろん、覚えてるさ」
もちろん覚えていなかった。
ハァ――、ジェシカは深いため息をついてから話を進める。
「『ダンジョン出入禁止』の通知文をもってジーンが貴方の部屋を出たって事は、十日前のその時に貴方に渡されたか、もしくはその少し前に渡されて『何とかしてくれ』って貴方に言いに来たか、どちらかよね……。ただ、いずれにせよ貴方はダンジョンの出禁を解除しなかった。だからジーンは部屋から出てきた直後に『チクショーー』って叫んでその書類をたたきつけた。だから今も彼はダンジョンに入れずに、私達は素材も手に入らない。……私の推測は間違っているかしら」
ジェシカは睨むように、マッスルを見つめる。
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