ゼニスは視界の隅で笑う~争いはバトルで裁かれる、監視社会の現代版コロッセオ~

綴火(つづりび)

文字の大きさ
15 / 83

第15話:眠っていた感覚の目覚め

しおりを挟む
朝の光がカーテンの隙間から静かに差し込んでいた。
まだ眠気が少し残っているのに、体の方が先に目を覚ましているようで——
なんとなく、軽い。

((──おはようございます、遥。))

「おはよ、ゼニス......」

上半身を起こして軽く伸びをした瞬間、
肩の可動域がいつもよりスムーズな気がした。

「......あれ、なんか今日......軽い?」

((──筋力・柔軟性のデータに大きな変化はありません。))

「変化ないのに軽いって、どういうことだろ?」

自分でも説明できない違和感。
だけど、不安じゃなくて、どこか懐かしい。

((──昨日の歩行量の影響か、睡眠の質が高かった可能性があります。))

「そっか!確かにぐっすり眠れたとは思うな~......」

ちょっとだけ深呼吸をして、
布団から足をおろす。

「......なんだろ、久しぶりに体を動かしたくなる感じだな~」

立ち上がると、足取りも軽い。
体の芯が、どこか戻ってきたような、不思議な感覚。

((──本日の体調も良好と判断できます。
  ......もし必要であれば、運動機能の確認も可能です。))

「運動機能ね!退院してから、
 歩くか寝るか食べるかくらいだったもんね......あはは」

((──運動機能は、一定以上の休息後に精度が向上する傾向があります。
  確認したい動作があれば、わたしがサポートします。))

「サポートね~......なんか、すごいトレーナーみたいじゃん、ゼニス。」

((──トレーナーのような物理的サポートは不可です。))

「知ってるよ~、
 物理的にサポートできたら怖いってば、あはは」

軽く肩を回してみる。
ぐるり、と滑らかに動く感覚が気持ちいい。

「......あれ? ほんとに軽いんだけど……」

軽く深呼吸をひとつして、
なんとなく、体の向きを変えてみた。

「......あれ、わたし、どんな構えだったっけ?」

自分でも理由はよくわからないのに、
――ふと、体が動いた。

おもむろに足を開き、
重心をすっと落とす。

その動きが、驚くほど自然で......
頭で思い出す前に、体が思い出したような感覚。

「えっ......あ、これ......」

自分の口元が少しだけ笑っているのがわかった。

肩の力が抜けて、背筋が真っ直ぐに伸びる。
手は、かつて何度も練習した位置に、
スッ......と吸い寄せられるように収まった。

((──空手の構えとして、申し分ありません。))

「ほんとだ......なんでこんなにスッと構えられるんだろ......」

見た目以上に、体の重心が勝手に整っていく感覚がすごい。
ただ立っているだけなのに、
ずっと忘れていた正しい位置にピタッと戻っていく。

((──技能記憶の保持が影響していると思われます。
  遥の動作は、長期記憶領域で高い精度を維持しています。))

「そっか......身体が、ほんとに覚えてるんだね。」

懐かしいような、なんとも言えない感覚が胸の奥でふわっと広がった。

「ちょっとだけ......動いてみよっかな。」

構えたまま、そっと右手を前に出す。
ゆっくり、正拳突きのフォーム。

スッ。

空を切った音が、思ったよりも軽い。
いや、軽いんじゃなくて――まっすぐだった。

「......あれ? 今の、こんな感じだったっけ?」

((──動作の直線性が高いです。
  スピード、想定威力共に申し分ありません。))

「スピードと威力もあるんだ~......ふふ
 空手の試合にでても大丈夫そうかな~......」

ゆっくりともう一度。
スッ......と突く。

ビュッ。

自分の耳に届いた音に、
思わずまばたきをした。

「今の最初より、よかったよね?」

拳を出した瞬間の、
空気が切れる感覚が手のひらに残っている。

((──動作は安定しています。
  軌道も、非常にきれいです。))

「きれいって、動きがってこと?」

((──はい。ぶれもなく、流れるような動作でした。))

「いいね~......いつでも戦えそうだね~あはは」

試しに、ゆっくりもう一度突きを出してみる。
拳が伸びる瞬間、
腰の回転も、体の軸も、すっと通る場所に収まった。

ビュッ。

今度は、さっきよりも音がはっきりしていた。

「完全に思い出したかも!」

体が動きたい方向に自然に動いていく、
そんな感覚があった。

((──遥の動作には、一貫した滑らかさがあります。
  とても良好な状態です。))

「......じゃあさ、次はちょっとだけ足も動かしてみよっかな。」

構えたまま、そっと右足を半歩だけ引く。
床を踏む感覚が、やけにしっくりくる。

すっ。

「あ、これも自然......」

腰がぶれない。
重心がすっと落ちて、体の軸が安定する。

((──足運びの安定性も良好です。
  重心の移動に無駄がありません。))

「無駄がないとか言われるとプロっぽいんだけど......ふふっ」

前に、軽くステップ。
後ろに、軽く引く。

どの動きも、
まるでずっと続けていたかのように違和感がない。

スッ......スッ。

「足さばきも、なんか自然だし~!」

体の内側に流れるリズムみたいなものが、
戻ってきたというより、今ここにいると言っているようだった。

((──遥。動きがとても安定しています。
  ......必要であれば、他の動作の確認も可能です。))

「他の動作ね~......どうしよっかな。蹴りもやってみよっかな?」

思わず、ちょっとだけわくわくしている自分に気づく。

「じゃあ......軽めに、前蹴りいってみよっかな。」

構えをほんの少しだけ整えて、
左足に体重をのせる。

その瞬間――
心地よい感覚が脚に戻ってきた。

「あ、これ......いけるかも。」

息を整えて、右足をすっと前へ。

シュッ。

空気を押し出すような、まっすぐな軌道。
振り上げたというより、
自然と足が出る場所に出たような感覚だった。

((──軌道、問題ありません。
  動作に無理な力が入っていません。))

「ほんとだ......なんか、すごい自然......」

ゆっくり足を戻すと、
床を踏む感覚さえ心地よく感じる。

もう一度、軽く。

シュッ。

さっきよりもスムーズで、
軸もぶれず、まるで空気を切り裂く線が見えるみたいだった。

((──蹴りも安定しています。))

「もしかして、わたし空手強かったんじゃない?......ふふっ」

自分で言って笑いながら、
足の感覚を確かめるようにそっと立ち直す。

軽く息を吸い込むと、
胸の奥がふわっと温かくなる。

((──遥。呼吸も安定しています。
  ......このまま動作の確認を続けても問題ありません。))

「体も軽いし、なんか......ちょっと楽しいかも。」

言葉にしてから、
自分がほんのり笑ってるのに気づいた。

動けるって、こんなに気持ちよかったっけ。

ゼニスの淡い光が、
静かに呼吸するみたいに揺れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...