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14 根拠のない自信 《倫太郎side》
しおりを挟む『二十五日のご予約確認のため、お電話いたしました』
紬と距離を置いてから、半月ほど経ったころ。
高級レストランから、そんな連絡が入った。
(……ああ、そういえば。一か月後に予約したって言ってたな)
俺と紬が付き合ってから、十回目の記念日。
キャバクラで遊んでいた俺は、紬との約束をすっかり忘れていたのだ。
(てか、誕生日を祝ってるんだから、記念日を祝う必要あるか?)
だるい。
その一言だった。
だから俺は、いつものように「残業してる」と嘘をつき、約束の日を延期した。
実際、その日も行くつもりはなかった。
そうして少しずつ“祝う習慣”を薄れさせ、紬のほうから諦めてもらおうと思っていた。
ちょうどそのとき、俺は姫奈を連れて食事に行く約束をしていた。
どうせなら――と、俺はその記念日のレストランを使うことにした。
姫奈は店の人気嬢だ。
料理の写真をSNSに載せれば、たちまち何百もの「いいね」がつく。
俺との食事を“映え”として投稿されるのも、悪い気分ではなかった。
「予約したコースより、ランクアップしたものに変更することは可能ですか?」
「はい、可能でございます」
「ありがとうございます。それでお願いします」
「かしこまりました。では当日、お待ちしております」
そうして俺は、年に一度、紬と記念日を祝っていたレストランに、別の女を連れて行った。
スタイル抜群の姫奈に視線が集まり、誇らしい気持ちになる。
「ヒメナ、こんなに美味しい蟹食べたの、初めてぇ~! リンくん、とっても美味しいね!」
「ああ」
バカっぽい話し方さえ可愛い。
そんな風に思いながらグラスを傾けていたとき、ふと、視線を感じた。
(っ……つむぎ)
そこにいたのは、呆然とこちらを見つめる紬だった。
息が詰まる。
なぜ、ここに。
浮気がバレた――いや、これは浮気じゃない。
言い訳が浮かばず、頭の中で同じ言葉ばかりが渦を巻いた。
「ごゆっくり」
静かにそう告げて、紬は背を向けた。
泣くでも、怒るでもなく。
ただ、淡々と。
俺の方から距離を置こうと言ったのに、その瞬間、捨てられたような気がした。
(もしかして……姫奈を、仕事の取引先の相手だと思ったのか?)
無理やりそう思い込む。
きっと紬なら、空気を読んで黙って帰る。
そう信じたかった。
「リンくん、どうしたの?」
「……いや、なんでもない。冷める前に食べよう」
都合のいい解釈をして、俺は姫奈と最後まで食事を続けた。
「さっきの人。もしかして、彼女さんだった……? 追いかけなくていいの?」
「あ、ああ、大丈夫。姫奈とのディナーの方が、大事だろ」
「っ、リンくんッ!! ヒメナ、すっごく嬉しいぃ♡」
姫奈の無邪気な言葉に、曖昧な笑みを返す。
けれど頭の中は、紬の姿でいっぱいだった。
結局、その夜は姫奈を抱く気にもなれず、すごすごと家に帰った。
「はぁー……きったねぇ部屋だな……」
紬と距離を置いてから、掃除や洗濯などの家事は、全く手をつけていない。
脱ぎ散らかした服やゴミが散乱して、たった一月で汚部屋になりつつあった。
家事はいつも紬がしてくれていた。
俺は何ひとつできないし、やる気もなかった。
“できる方がやればいい”。
そう思っていた。
その考えがどれほど傲慢で、どれほど相手を傷つけるかなんて、まるで気づいていなかった。
「……ほとぼりが冷めた頃に、連絡するか」
本当は今すぐ謝るべきだと分かっていた。
けれど、面倒くささが勝った。
――どんなことがあっても、紬は俺を愛してくれる。
そんな根拠のない自信があった。
そしてその思い上がりが、俺のすべてを失わせることになるなんて。
このときの俺は、まだ知る由もなかった。
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