仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん

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15 知らない番号

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 週末に、神崎さんと食事をすることになった。
 ――そう凛音に話すと、


「えー残念! 私はその日、彼氏とデートなのよ」


 凛音が楽しそうに笑った。
 残念そうというより、完全に面白がっている顔だ。
 私と神崎さんがどうにかなるのを期待しているような目をしている。
 そんな親友に、私は軽く肩をすくめてみせる。


「神崎さんは優しいし、すごくいい人よ? 私なんかとは釣り合わないようなセレブだし……」

「だからなに? 好きか、嫌いか。大事なのはそこでしょ?」

「うっ……」

「で? どうなのよ」
 

 十年も付き合った恋人にフラれたばかりの私を、なんとか新しい恋へ導こうとしてくれているのだろう。

 だけど――今の私には、まだ無理だった。

 神崎さんのことは、『年上の頼りになる友人』と言っておいた。

 倫太郎とはあんな終わり方をしたけど、十年も付き合っていたのだ。
 もう昔のような気持ちはないけれど、あの十年を、簡単に忘れられるわけもない。

 それに、新しい恋をする気にもなれなかった。

 どれだけ相手を想っても、いつか同じように傷つく日がくるかもしれない――そう思うと、もう誰かを好きになる勇気が出なかった。


 それでも、神崎さんとの交流は途切れなかった。


 土曜の昼。
 私は神崎さんの自宅を訪れていた。
 寿司を握る練習をしても、形がうまくいかず落ち込む神崎さんに、私は「手巻き寿司はどうですか?」と提案した。
 すると、神崎さんの瞳がぱっと明るくなる。


「僕も昔、家族で手巻き寿司をしていました。すごくいい思い出しかない……。懐かしいな」

「私も一緒です。好きな具材を好きなだけ入れれますもんね」

「そんなこと言って、広瀬さんは遠慮してるじゃないですか。いくらも、もっと食べていいんですよ?」

「……っ、ありがとうございます」


 神崎さんが巻いてくれた寿司には、私の大好物のいくらが、これでもかというほどのっていた。
 なんて贅沢なんだろう。
 こんなに幸せでいいのかなと、少しだけ怖くなるくらいに、彼と過ごす時間は優しくて、どこか包み込まれるようだった。

 そんな時間を何度も重ね、季節が少しずつ移ろうころには、私は週末に神崎さんに会えるのが密かな楽しみになっていた。


「今日は、新作の映画が配信されていましたよ」


 そう言ってリモコンを手に取る神崎さんの仕草が、いつのまにか当たり前のように感じられる。
 最初は食事だけだったのに、いつしか一緒に映画を観るようになっていた。

 大画面のテレビの前には、私の好物――キャラメルポップコーン。
 いつもさりげなく用意してくれているそれは、普段手を出せないような、ちょっと高級なやつだ。
 そんな小さな贅沢が、たまらなく嬉しい。

 ふたりで同じ映画を観て、同じところで笑って、同じシーンで静かになる。
 広いソファで、並んで座るたびに少しだけ胸が高鳴るけれど――神崎さんには下心なんてなくて。
 それが嬉しいような、切ないような、不思議な気持ちになった。
 でも、彼が“安心できる人”であることだけは確かだった。


「……終わっちゃいましたね」

「なんだか、余韻が残りますね」


 エンドロールが流れる中、満足感に浸っていると、テーブルの上のスマホが、ぶるぶると震えた。

 画面を見ると、知らない番号。


「出なくていいんですか?」


 神崎さんが穏やかに問いかけてくる。
 けれど私は、すぐに首を横に振った。


「知らない番号からかかってくること、たまにあるんです」

「もしかしたら、知り合いかもしれませんよ?」

「そうですよね……。でも、もし私の知り合いだったら、伝言を残すかな、と思って……」


 確かに、と神崎さんが小さくうなずく。


「次にかかってきたら、僕が代わりに出ましょうか?」

「……えっ。でも、それは……」


 そこまでしてもらうのは、申し訳ない。

 でも、もし――倫太郎だったら。

 考えたくもないのに、その名前が浮かんでしまう。

(倫太郎の連絡先は消した、けど……誰かにスマホを借りて掛けてきているとしたら……)

 胸の奥が、ひやりとした。

 そのとき、再び着信音が鳴る。
 私の心臓も、それに呼応するように跳ねた。


「僕が出ます。スピーカーにしますね」

「あっ……はい。お願い、します」


 神崎さんがスマホを手に取り、落ち着いた声で「もしもし」と応じた。
 普段よりも少し低く、頼れる声。

 しかし、数秒の沈黙のあと――プーッ、プーッ、と通話が切れた音が響く。


「切られちゃいました」


 神崎さんが、少しだけ苦笑いを浮かべた。
 それでも、「またかかってきたら、僕が出ますからね」と言ってくれるその一言が、胸にじんわりと染みる。

 その後、見知らぬ番号から電話がかかってくることはなかった。
 けれど私は、あのときの無音が、なぜかずっと胸に残っていた。



















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