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16 父親を利用する男
しおりを挟む翌日。
私は美容室に向かい、髪を染めてもらった。
艶やかに整えられた髪に満足し、次は服やアクセサリーを見に行く。
(また同じ服を着ていると思われたくない。それに、神崎さんなら、私の小さな変化にもきっと気づいてくれるはず……)
ずっと大切にしていた、倫太郎からもらった小さなピアスは、箱にしまったまま。
もう二度とつけることはないだろう。
代わりに、花のモチーフの可愛いピアスを選んだ。
結婚資金を貯めるために無駄遣いは控えていたけれど、今は節制する必要もない。
自分のために、神崎さんの隣に並んでも恥ずかしくない女性になりたい――そう思いながら、洋服もすべて新調した。
普段なら低価格でカジュアル、仕事着にも使える服を選ぶけれど、今日はお出かけ用のワンピースを試着する。
(これなら、神崎さんの隣に並んでも、釣り合わないなんて思われないかも……)
ふと我に返る。
今日の私の行動は、すべて神崎さんによく見られたい――ただそれだけのためだったのだ。
「これって、もしかして、だいぶ重症かも……」
自分の気持ちに、やっと気づきかけたとき。
スマホが震え、画面に表示された名前を見て、私は息を呑んだ。
〈西橋 光太郎さん〉
倫太郎のお父さんからの着信だった。
何の用だろう。
出るのを迷ったものの、私は通話ボタンを押す。
「もしもし……」
小さくそうつぶやくと、すぐに低く落ち着いた声が返ってきた。
「紬ちゃん、久しぶり。休みの日に悪いね」
「いえ……どうしたんですか?」
「倫太郎がスマホを無くしたみたいで、紬ちゃんの連絡先がわからなくなったって、今朝連絡があってね。今晩、家に来てほしいと伝えてくれと言っていたんだが、空いているかい?」
あまりに穏やかに問われて、一瞬、頭の中が混乱する。
(家に来てほしい、ですって……?)
私とはもう終わっているのに、倫太郎は一体どういうつもりなのだろう。
もしかして、まだ私を、“家政婦”のように扱おうとしているのもしれない――そんな疑念が心をざわつかせる。
「えっと……今日は予定がありまして、伺えません」
私はできるだけ平静を装って答えた。
「もし会うなら、平日に、会社の方に来ていただければ……」
ふたりきりで会うのは無理だ。
でも、会社でなら、凛音がそばにいてくれる。
そう思って答えれば、電話の向こうの倫太郎のお父さんは、少しだけ首をかしげたような、そんな気配を感じた。
(もしかしてお父さんは、私たちが別れたことを聞かされていない……?)
私の返事に、違和感を覚えているようだった。
「わかった。倫太郎に伝えておくよ。忙しいのに、時間をとらせて悪かったね」
「いえ……それでは失礼します」
少し他人行儀になってしまったけど、私は通話を終わらせた。
本当なら、私たちの現状を伝えた方がいいのはわかっている。
けれど、それは避けたいと思ってしまった。
もし、今真実を話せば、倫太郎が浮気をしたこと、そして私をまた利用しようとしていることが、お父さんに伝わってしまうからだ。
私のことを本当の家族のように接してくれる倫太郎のご家族を、悲しませることだけはしたくなかった。
(……この前かかってきた知らない番号って、やっぱり倫太郎だったのかな……?)
私の中では終わった恋。
でも倫太郎は、まだ私になにか訴えたいことがあるのだろう。
けれども、浮気されて、あんな場面を見せられたあとで、倫太郎の都合に付き合ってあげるほど、私はおひとよしじゃない。
それでも、倫太郎と一度会わなければ、彼はどんな手を使ってでも私に会おうとするだろう。
現に、こうして父親を利用しているのだから――。
(私がお父さんの頼みを断れないとわかっていて、頼んだのね……。そういうところ、ほんとずる賢いわっ)
せっかく楽しく買い物をしていたのに、倫太郎のせいで気分は最悪だった。
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