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18 待ち伏せ
しおりを挟む私たちの別れが決定的になった、あの日のこと。
倫太郎が会っていた相手は、仕事の関係者だったらしい。
「お偉いさんの娘さんでさ、食事の誘いも断れなかったんだよ」
「……そう」
倫太郎の話を聞きながら、私は内心で首を傾げる。
確かに、取引先との食事会はあるかもしれない。
けれど――本当に神崎さんが、そんなことを強要するだろうか。
彼は、私たちが長く付き合っていたことを知っていた。
そんな彼が、無神経に女性を同席させるなんて、考えにくい。
(……神崎さんなら、絶対にそんなことはしない)
知り合ってまだ日が浅い神崎さんの方が、倫太郎よりずっと信じられた。
倫太郎はただ、浮気を言い訳で包み、私を丸め込もうとしているようにしか見えなかった。
そんな私の視線に気づいたのか、倫太郎が焦ったように言葉を重ねる。
「俺には心に決めた相手がいるって、その人にも話してたんだ」
「でも、私の目には……どう見ても、恋人同士にしか見えなかったけど」
「っ、そんなわけないだろ!? 俺は紬を愛してるんだから!」
倫太郎が突然、声を荒らげた。
その剣幕に、私は思わず一歩、後ずさる。
通り過ぎる人々は、皆そっと視線を逸らしていった。
やがて、周囲の目を気にしたのか、倫太郎は声を潜めて続ける。
「距離を置こうって言い出したのは俺だけど……別れたいなんて、一度も思ってなかった」
「……それなら、どうしてあのとき、何も言わなかったの?」
「それは……本当に悪かった。ご令嬢をもてなすなら、あのレストランしかないと思って。……他意はなかったんだ」
倫太郎の口から、いくつもの謝罪がこぼれる。
けれど私にとって、それはもうどうでもいいことだった。
どんな真実があったとしても――いまさら、なのだ。
「倫太郎の言い訳はわかった」
「っ、それなら――!!」
「でもね。どんな理由があっても、私があなたに傷付けられた過去は、変わらない」
「はっ……?」
私がここまで明確に拒絶したのは、これが初めてだった。
倫太郎が信じられないといったように目を見開く。
(謝れば、許してもらえると思ってたのね)
まるで“こんなはずじゃなかった”とでも言いたげな顔。
――……きっと私が甘やかしてきたせいだ。
倫太郎が現実を受け入れられないのも、無理はないのかもしれない。
そう思った瞬間、彼が私の目の前まで来て、どさりと膝をついた。
「な、なあ……お願いだ。やり直したい。俺は、紬がいないと生きていけないんだよ……!」
「っ!? ちょ、ちょっと……! こんなところでやめてよ!」
地面に頭を下げそうな勢いで懇願する倫太郎。
道行く人々の視線が一斉にこちらに向かい、私はいたたまれなくなる。
まるで私が悪者のような構図に、胃が締めつけられた。
「お願いだから立って!」
「嫌だ。紬が許してくれるまで、辞めない」
往来の真ん中で膝をつく倫太郎に、好奇の視線が集まる。
「え、なにあれ? プロポーズ?」
「いや、どう見ても違うだろ」
「動画、撮っとく?」
面白半分でスマホを向けられた瞬間、私は倫太郎の横をすり抜けた。
「……話す気がないなら、もう帰るから」
「待て、わかった!」
私が駆け出そうとしたとき、倫太郎は慌てて立ち上がり、私の手提げ袋に目を止める。
「これから飯なんだろ? 話の続きは、紬の家でしよう。な?」
「…………ありえないわ」
拒絶の色を、隠す気にもなれなかった。
私の表情を見た倫太郎は、肩を落とし、「それじゃあ人目のあるところならいいだろ?」と言って、駅前のファミレスを提案した。
私は一定の距離を保ちながら、彼の後ろを歩く。
その間にスマホを取り出し、凛音へメッセージを送った。
『倫太郎が、家の近くで待ち伏せしてた!』
すぐに既読がつく。
それだけで、少しだけ胸が軽くなった。
『大丈夫なの!?』
『とりあえず、話をするまで帰りそうにないから、駅前のファミレスで話すことにした』
『わかった。すぐ行く!』
(えっ! わざわざ来てくれるの!?)
短い文面に、迷いのない力強さを感じる。
――持つべきものは、信頼できる親友だ。
不安で押しつぶされそうだった心が、少しだけ安堵を取り戻す。
凛音が来てくれる。
それだけで、私はようやく、倫太郎と向き合う覚悟を決められた。
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