58 / 58
58 疲れているからこそ、声を聞きたい
しおりを挟む恋も仕事も順調で、「綺麗になったね」と言われることが増えた。
その言葉はもちろん嬉しい。
けれど、一番嬉しかったのは、自分自身にようやく自信が持てるようになったことだった。
資格を取り、チームリーダーになり、後輩を育てる立場にもなった。
以前の私は、仕事は頼りになる人たちに任せて、自分の意見を言うことができなかったけど、今では自然と胸を張って歩いている。
利仁さんの隣を歩くときも、もう「不釣り合いかもしれない」なんて考えることはなくなっていた。
そんなある日。
利仁さんに届け物を頼まれ、私は彼のいる会社へ向かった。
ビルのエレベーターに乗り込むと、数人の男性社員が軽く会釈してくれる。
(きっと、私が利仁さんの婚約者だと気づいたのね)
私も微笑んで会釈を返したところで、途中の階から女性社員たちが数人、にぎやかに乗り込んできた。
「ねぇ聞いた? 舞華さ、今度は営業の佐伯くん狙ってるらしいよ」
舞華さん――その名を聞き、胸の奥がひやりとした。
脳裏に浮かぶのは、派手な化粧で私を睨みつけてきた女性。
倫太郎の“彼女だった人”だ。
「また? あの子ほんと懲りないよね~」
「彼女いるって知らないのかな」
「どうせ“二番目でもいいから”って言うんじゃない?」
「いるよね、人のものばっか欲しがる子。友達やめて正解だったわ」
どうやら、彼女は倫太郎との関わりで総務部からの信頼を失い、今はひとりでいるらしい。
「舞華といえば……あの子の元カレさ、今、副業で交通整備のバイトしてるんだって」
「えっ!? あの西橋くんが?」
「そうそう。借金返済で首が回らないらしいよ。自慢のロレックスも売ったって」
「えぇ……。うちらに奢ってくれてたのも、もしかして全部借金してたってこと?」
「どうだろ。見栄っ張りだったんじゃない?」
彼女たちは軽い調子で話しながら、倫太郎の話を“残念イケメン”というひと言で片づけて降りていった。
エレベーターが閉まり、静寂が戻る。
私はそっと息を吐いた。
倫太郎と付き合っていた頃――私はいつも苦しかった。
『仕事で疲れてる。会う余裕ない』
そう言われる日が増えて、不安な毎日を過ごしていた。
別れてしばらくは、本当に世界の色が褪せて見えた。
けれど、今の私は、もうあの頃の私じゃない。
息苦しい恋じゃなく、肩の力を抜いて笑える関係があった。
「紬」
名前を呼ぶ低い声に、顔を上げる。
届け物を受け取るために待っていた利仁さんが、こちらへ歩いてきた。
「わざわざごめんね。持ってきてくれてありがとう」
彼の笑顔を見るだけで、胸がすっと軽くなる。
さっきまでのざわついた感情が、一瞬で静まった。
「どうかした?」
「ううん。……ただ、利仁さんの顔を見たら安心しただけ」
自然と口をついて出た本音。
利仁さんは少し驚いたように目を瞬かせ、それからゆっくり微笑んだ。
「実はさ……今、大きい案件抱えてて。けっこう疲れてたんだ」
そんな弱音を聞くのは珍しかった。
胸がきゅっと痛む。
私は迷わず、利仁さんを抱きしめた。
利仁さんは一度驚いた後、ふっと力を抜いて笑った。
「紬に会えたら元気出た。……本当に救われてる」
その言葉を聞いた瞬間、視界がじんわり滲む。
――“疲れてるから会えない”と言われた私が、
今は“疲れてるからこそ会いたい”と言ってもらえている。
こんな幸せが、かつての私に想像できただろうか。
「……私も、利仁さんがいてくれると頑張れるよ」
気づかれないようにそっと涙を拭うと、利仁さんは私の手をとり、軽く握ってくれた。
その温かさが、傷付いた過去を、少しずつ消してくれる。
ただ、あの頃の痛みがあるからこそ、今の幸せがあると感じられた。
「午後も頑張ってくる。……でも、あとで少しだけ電話してもいい?」
「ふふっ。うん、待ってるね」
利仁さんが微笑む。
“疲れてるからこそ、紬の声を聞きたい”
――その気持ちが表情に滲んでいる。
胸があたたかくなり、私は小さく頷いた。
(……幸せだなぁ)
過去に囚われたままじゃ見られなかった景色を、今はちゃんと見ている。
――きっと明日も、私は彼と笑っている。
(完)
――――――――――――――――――――――――
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!
楽しんでいただけましたでしょうか?( ˆoˆ )/
本作では、このあと紬のお仕事のことや、利仁さんのファンとの衝突など、描きたいエピソードがまだまだあったのですが、すでに十万字を超える長編となりましたので、今回はここでいったん完結とさせていただくことにしました。
その後のふたりのお話は、またいつか、おまけとして投稿できればと思っております。
そして、これまで寄せてくださった感想にも、心より感謝いたします。
どれもとても励みになりました!
途中からは執筆を優先してしまい、お返事ができず申し訳ありませんでした……。
少しずつにはなりますが、またお返事を書かせていただきますね!
最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
ぽんちゃん
1,649
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。
ふまさ
恋愛
──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。
彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。
ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。
だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。
※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-
設楽理沙
ライト文芸
☘ 2025.12.18 文字数 70,089 累計ポイント 677,945 pt
夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや
出張に行くようになって……あまりいい気はしないから
やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀
気にし過ぎだと一笑に伏された。
それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない
言わんこっちゃないという結果になっていて
私は逃走したよ……。
あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン?
ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初回公開日時 2019.01.25 22:29
初回完結日時 2019.08.16 21:21
再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結
❦イラストは有償画像になります。
2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています
22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」
そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。
理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。
(まあ、そんな気はしてました)
社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。
未練もないし、王宮に居続ける理由もない。
だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。
これからは自由に静かに暮らそう!
そう思っていたのに――
「……なぜ、殿下がここに?」
「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」
婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!?
さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。
「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」
「いいや、俺の妻になるべきだろう?」
「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。