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190 二人きりにすることは出来ない

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 「この話の、どこがハッピーエンドなんだよっ」


 空が明るくなり、小鳥の囀りが聞こえてくる。
 本日も秘密裏に動く予定だというのに、俺は小説を片手に号泣していた。

 リュカとジルベルトが話していた、前世の記憶が蘇ったわけじゃない。

 だが、最初にちょい役で登場する人物……。
 主人公であるリオネル様のお兄様。
 小さな国を統べていた人。
 ファーガス兄様かもしれないと思っていた人が……ラストで死んでしまった……。


 「フェルギュス国王陛下って名前からして、多分ファーガス兄様だよな……」


 名前まで似ていると思うと、俺はどんよりと気分が落ち込んでいた。

 国王である兄のために、リオネル様は魔物を討伐する旅に出た。
 仲間たちと協力して魔王を倒し、世界に平和をもたらしたんだ。
 英雄だと持て囃されているけど、その後にリオネル様は最愛の人を亡くしてしまった。

 モテモテなリオネル様は、自分だけを愛してほしいと暴走した人物に逆恨みされて、襲撃された。
 愛する人を庇ったフェルギュス国王陛下は、命を落としてしまったんだ。
 失意の中、最終的にリオネル様は、寄り添ってくれた全員を受け入れて、ハッピーエンド。
 
 でも俺は……リオネル様は、きっと亡くなったお兄様のことを、ずっと愛していたんだと思った。
 そうじゃないと、兄のような立派な国王になろうだなんて思わないと思う。
 

 そしてもう一つ、気になったことがある。


 魔王を倒す前に、ロベルトって騎士を庇ったリオネル様が……。
 インキュバスの攻撃をもろに受けている。


 「インキュバスって……淫魔だよな? もしかして俺って、魅了魔法が使えるわけじゃなくて……淫魔だったりして……は、はははっ……」


 空笑いをする俺は、遠くを見つめる。

 ロベルトって、まさかとは思うけど……ロバート様じゃないよな?
 もし俺がリオネル様の生まれ変わりだと仮定して、淫魔の影響を受けているんだったら、ロバート様を一生恨むぞっ!


 「淫魔って確か、人間の精子を絞り取る悪魔なんだが……。うん、誰も気付いていないみたいだし、内緒にしておこう」


 一人頷いた俺は、本棚の一番奥に小説を片付けた。





 結局、一睡もすることなく、第二王子殿下の執務室にいる俺は、ノワール領でのピザ祭りの準備を進めていた。

 サプライズ計画の責任者は、俺とファーガス兄様なのだ。
 必然的に共に過ごす時間が増えている。
 どんな顔して会えばいいんだ! って、思っていたのだが……。
 おそらく、官能小説とは無縁のファーガス兄様は、いつも通りの弟に優しいお兄様だった。

 ちなみに俺はというと、小説を読んだせいか、ただ隣に座っているだけなのに、ドキドキしすぎて死にかけている。

 「シャーベットは、オレンジだけにするのか? もし販売する気がなかったとしても、他にも食べてみたい」

 イケメンに耳元でおねだりされ、こくりと頷く。

 ファーガス兄様のためなら、世界中の美味しい果物を取り寄せて、全部シャーベットにするぞっ!

 脳内お花畑の俺を他所に、ファーガス兄様はお仕事モードだ。
 真剣な横顔は、いつ見てもかっこいい。
 俺は仕事が出来る人がタイプのようだ。


 
 そこへ、客が来たと声がかかる。
 ちらりと俺を見たのは、ファーガス兄様の侍従のバニーくん。
 相手がリンネス公爵子息と聞き、ジルベルトが俺に会いにきたのかと察して立ち上がる。

 しかし、俺の前に現れたのは、白銀の髪の美丈夫だった。
 キリッとした表情だったが、俺の顔を見て少しだけ口元を緩ませていた。

 「アシュリー様!」
 「お忙しいところ申し訳ありません。少々お耳に入れたいことが……」

 ファーガス兄様に挨拶をしたアシュリー様は、俺と内密に話したいようだ。
 二人きりの方がいいだろうと、自室に行こうとしたのだが、兄様の手が俺の肩に伸びる。

 「リオンに関わることなら、私も同席してもいいか?」
 「……あ、えーっと」
 「なにもないとは思うが、二人きりにすることは出来ない」

 切れ長の目に射抜かれる。
 ズキュンと胸を打たれる俺は、アシュリー様の返事も聞かずにこくこくと頷いていた。
 嬉しそうに微笑むファーガス兄様は、さっきまで座っていたソファーに俺を誘導する。
 いくら目の前にいる相手が恋人のお兄様とはいえ、兄弟でぴったりとくっついてこっぱずかしい。

 デレ顔を曝け出していたのだが、アシュリー様は棒立ちである。
 ブラコン炸裂のファーガス兄様は、アシュリー様の反応は全く気にせず、座ってくれと声をかける。
 ぎこちなく動き出したアシュリー様は、ゆっくりと俺たちの対面に腰掛けた。

 赤みの強いピンク色の瞳は、微笑を浮かべるファーガス兄様に釘付けである。
 家族以外の前で見せるような顔じゃないから、きっと驚いたのだと思う。

 ……いや、むしろ家族というより、俺にだけだ。
 俺は兄様に溺愛されているのだ!

 普段は厳しいファーガス兄様が、最高の笑顔を向ける相手が俺だけだなんて、胸熱だぜっ!

 一人でニマニマしている間に、紅茶を用意してくれた三人組が退出し、アシュリー様が口を開く。

 「愚弟、アーノルドについてです」

 すっかり忘れていた存在に、ほんわかしていた俺も兄様も、さっと表情を引き締めていた。







 










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