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191 情緒不安定だ

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 「あれが何を企んでいるのかはわかりませんが、気になることがありまして……」
 「どんな些細なことでも良いので、話してくださいませんか?」
 
 俺が真剣な表情でお願いすると、言い淀んでいたアシュリー様が頷いた。

 「実は、リンネス家に長年勤めていた医師が、あれに勝手に解雇されておりまして……。なにかを隠すためなのか、それともこれからなにか悪巧みをしようとしているのか……。私の信頼できる者を側に置いて見張らせていますが、もし愚弟と会うことがあるのなら、出されたものは口にしない方が賢明かと」

 俺がなるほど、と頷くと、まだ悪事を働いたわけではないため、見張ることしか出来ずに申し訳ないと、アシュリー様が謝罪した。

 俺の中のアーノルドは、俺の大切な恋人を虐げた極悪人。
 だが、二人のことはリンネス公爵家の問題だ。
 アーノルドが、王族である俺になにかやらかした時には、確実に罪を償わせてやる。

 「彼は健康体であるにもかかわらず、不治の病だと偽っていました。今も嘘を重ねているので、彼と会う時は気を付けたいと思います。話してくださり、ありがとうございます」

 にこっと笑うと、アシュリー様が驚いた様子で目を瞬かせる。

 「アーノルドを信用していなかったのですね」
 「ええ、まあ……。悪い子ではないんですけど」

 俺には。
 と、心の中で付け加える。
 
 苦笑いを浮かべると、アシュリー様は反応に困ったのか、僅かに眉を下げる。
 今まで弟たちに関わってこなかったから、アーノルドのことはあまり知らないのだろう。

 黙って話を聞いていたファーガス兄様が、アーノルドがジルベルトを虐げていたことを話す。
 それで王宮で保護している形になっていると真実を告げれば、アシュリー様は深い溜息をこぼしていた。

 「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。このことは、父にも伝えて対処したいと思います」
 「いえ。俺もアーノルドの話を鵜呑みにして、ジルベルトを虐げていました……。最初は贖罪のつもりで助けたいと思っていましたが、今はジルベルトのそばにいたくて勝手にしていることなので、気にしないでください」
 「っ……」

 今の言葉で、俺とジルベルトが深い仲だと察した様子のアシュリー様が、ハッと目を見開く。

 イケメンにまじまじと見つめられて、困る俺。
 リンネス公爵家は、誰でもいいから王家と縁を結びたいんじゃなかったのか?
 頭の中にハテナが浮かぶ中、なぜかファーガス兄様の手が、俺の腰に回っているのだが……。
 なにも考えられなくなるから、やめてくれっ!

 爽やかな香りをくんくんと嗅いでいると、バーンと扉が開く。

 「リオンッ!」

 焦ったような叫ぶ声。
 俺の王子様が、珍しく顰めっ面で俺たちの方に早足で向かってくる。

 さっと立ち上がると、猛ダッシュしてきたイケメンゴールデンレトリバーもとい、ジルベルトに手首をグッと掴まれて、引き寄せられる。
 熱い抱擁かと思いきや、端正なお顔は怒りの表情を浮かべていた。

 「なんでベールしていないんだよ!」
 「……へ? あ、ごめん……」
 「出かける時は必ずつけるって、約束しただろ?!」
 「っ、ごめん、なさい……」

 いきなり怒鳴られて、ちーんと項垂れていると、金髪を掻き毟るジルベルトが「あーもー!」と叫び出す。
 ……情緒不安定だ。

 「怒鳴ってごめん……」
 「う、うん。俺も約束破ってごめんね。次から気をつけるから……。ゆるして?」

 常に身につけていた愛の証を手放したことを後悔する俺は、半泣きで謝罪する。
 すると、ぐっと唸ったジルベルトにぎゅうぎゅうと抱きしめられていた。

 罪を犯した俺をすぐに許してくれた優しさの塊のような恋人は、俺に激甘だと思う。

 「っ、はぁ……。次破ったら監禁な?」
 「…………ん?」

 力強い空色の瞳に見つめられて、俺は即頷いた。

 ……あれ?
 今俺の目の前にいるのは、リュカじゃないよな?

 ぷりぷりしているジルベルトが机に置いてあったベールを雑に掴み取り、俺の頭に優しくつける。
 それからアシュリー様を、睨みつけた。

 「リオンになにかしましたか?」
 「っ、ジル! お兄様に失礼だぞ!? あ、アシュリー様、ごめんなさい。ジルはちょっと今、情緒不安定で……っ」
 「……アシュリー様?」

 俺を一瞥したジルベルトの凄みのある声に、ビクッと体が跳ねた。
 
 「あ、あ、おおお、お義兄様……ですね、ハイ。すみません、間違えました……」

 ぺこぺこと頭を下げていると、ジルベルトがベールの下から手を入れる。
 頬を撫でながら、親指で目尻の涙を確認したジルベルトは、ふうっと息を吐いた。

 「ごめん、強く言い過ぎた。部屋で話そう」
 「はい……。あしゅ、お、お義兄様、貴重な情報、ありがとうございました。失礼します」

 ぺこっと頭を下げているときに、ジルベルトにグイグイと手首を引っ張られて、俺はよろつきながら歩き出す。
 一言も発さずに呆然とするアシュリー様に、俺は小さく手を振ってその場を離れたのだった。










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