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37 アキレス
しおりを挟む「それは無理な話ね?」
「そうですか……。しかし、諦めたくありません。本人に直接交渉させていただけないでしょうか?」
「別にいいわよ? 他でもない、アキレスの頼みだもの」
あっさりと認めたシャール殿下に、アキレスは面食らう。
なにせアキレスは、重要な局面以外では常に省エネモードのクレメントのフォローをしてきたのだ。
クレメントは元々口数が少なく、冷たい物言いも相まって、誤解されやすい。
そのため、戦場の鬼神の側にはいつもアキレスがついていた。
(私の交渉術に関しては、シャール殿下も高く評価してくれているはずだ。それなのに、なぜだ?)
「ただ、専属メイドになってほしいだなんて言ってしまえば、絶対に引き受けないと思うわ?」
「……それは、彼女がシャール殿下にしか従わないということですか?」
ふふっと可愛らしく笑ったシャール殿下が、首を横に振る。
「だって、彼のプライドを傷付けることになるもの」
悪戯が成功した子供のように、にんまりと笑ったシャール殿下。
暫し言葉が出なかったアキレスは、自身が盛大な勘違いをしていたことにようやく気付いていた。
「あなたにだけは話しておくわ?」
王家特有の黄金色の瞳が、真っ直ぐにアキレスに向けられる。
「あのメイドは、あなたの愛する人の息子……。フラヴィオ・レオーネよ」
「っ……」
衝撃的な事実に、アキレスは息を呑んだ。
義父には大切にされていたアキレスだが、姉たちには大層可愛がってもらっていた。
フローラが婚姻してからは距離を置いていたというのに、姉たちの策略により、遠目からまだ幼いフラヴィオを見たことがあった。
アキレスの失恋の傷を抉るような行動に、姉たちには憤慨したものの、フラヴィオはフローラ似だと知ることができた。
でも……。
「そんなっ、ありえない……。フラヴィオは、もっと……背が、高かった」
かつてアキレスが見たフラヴィオは、同年代の子よりも頭ひとつ分背が高かった。
顔立ちは整っていたが、女性らしさは一切なく、一目で男だとわかる容姿だった。
「レオーネ伯爵夫妻の仕業よ」
フラヴィオが虐待されていた話を聞いたアキレスは、額に青筋を立てる。
「今は、証拠を集めているところなの。別に、フラヴィオに頼まれたわけじゃないんだけどね? なにかあった時、力になりたいじゃない?」
「…………証拠が集まれば、すぐにでも八つ裂きにしてやる」
「私もそうしたいのは山々なんだけど……。フラヴィオが今まで黙っていたのには、きっと訳があると思うのよ」
悩ましげに告げたシャール殿下と話し合い、フラヴィオの意見を聞いてから行動することに決めた。
◇
――翌朝。
シャール殿下と共にフラヴィオのもとへ行けば、既に先客がいた。
アキレスが何度声をかけてもすぐには起きない男が、一番乗りとは気合が入り過ぎている。
しかも、女性に……いや、人に興味のない戦場の鬼神が、フラヴィオに名を聞いているという、激レアな場面に遭遇したのだ。
(人の名前を覚えることが苦手だというのに、聞いたということは……)
きらきらの笑顔になるシャール殿下と顔を見合わせたアキレスは、ごくりと唾を飲んだ。
寝台で上体を起こしているフラヴィオは、「ヴィオ、です」と、小声で答える。
嘘をついたわけではない。
それでも少し恥ずかしそうにしているのは、愛称を伝えたからだろうか?
「……ヴィオ。そうか」
何度も呟くクレメントは、にたりと笑った。
「君の本当の名は、ヴィオレットだな?」
「「「…………」」」
唯一、フラヴィオを女性だと勘違いしたままの戦場の鬼神が、ドヤ顔で答えている。
シャール殿下が鼻の穴をひくひくとさせて笑いを堪えているが、アキレスも限界である。
「私に名を知られたくないのなら、もっと違った名にすべきだったな?」
敵将を討ち取った時よりも、喜びをあらわにする戦場の鬼神の姿に、アキレスは目玉をひん剥いた。
「…………ふっ、ふふふっ、あはははははっ」
腹を抱えて笑うフラヴィオを、クレメントが間抜け面で眺めている。
なにがおかしいんだ、と仏頂面になっているが、クレメントの死滅していた表情筋が、活発に活動しているのだ。
『緊急事態発生ッ!! 作戦会議よッ!!』
ほのぼのとしているふたりを残し、シャールとアキレスは小躍りしながら部屋を飛び出していた。
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