期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん

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 貫禄がある男の斜め後ろに立つフラヴィオは、太い腕に捕まることなく歩いていた。

 クレムが特別な存在だと自覚して以降。
 フラヴィオは、極力クレムとは触れ合わないようにしている。
 『神官長の治療のおかげで体調が回復しており、自分の足で歩きたい』
 だなんて、もっともらしい言い訳をして――。

 クレムのことを知った分だけ、より好意が増してしまう。
 安心する場所に居続けると、フラヴィオはクレムから離れ難くなってしまう。
 だから一線を引いているのだが、フラヴィオはクレムと出逢った当初よりも距離を感じて、ひとり虚しくなっていた――。


(そういえば、また神殿騎士が増えていたな……)

 フラヴィオが与えられている部屋の前には、六人もの神殿騎士が待機している。
 王族の警護でもするかのように、皆引き締まった表情だ。
 ピエールが指示を出していることもあるため、彼らはクレムとピエールの部下だろう。

 クレムがいない時は、常にピエールがフラヴィオの側にいてくれる。
 安全な場所であることは違いないというのに、なにをそんなに警戒する必要があるのだと、フラヴィオは不思議でたまらなかった。


 戦場の鬼神の噂の想い人を一目見ようと、部下たちが集まっているだけだということを知らないフラヴィオは、無駄に神経を尖らせていた――。


 いつものように、庭で朝食をとる。
 その後は小説を読むのだが、実際にはただ開いているだけだ。

 フラヴィオが小説を読んでいる時、クレムは決して話しかけてこない。
 邪魔をしないように、気を遣ってくれているのだろう。
 優しい人だと思う反面、フラヴィオはクレムに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 クレムのことを意識しないよう、頁を捲る。
 ぼんやりと文字を指先でなぞっていたフラヴィオは、あることに気が付いた。
 僅かに感じた凹凸。
 陽の光に透かして見れば、文字を囲んで消したような形跡があった。

「オ……ウ、リョ……ウ…………。横領……?」

「……ヴィオ、どうした?」

「っ、いえ。なんでもありません」

 漆黒色の瞳に見つめられていたことに気付き、フラヴィオは慌てて首を横に振る。
 小説を閉じてしまったが、キャシーからのメッセージが隠されていたことに気付く。
 続きを読みたいのだが、不穏なワードだ。
 ひとりになった時に読もうと、フラヴィオは小説を握りしめていた。

「……使うか?」

 胸元からシンプルなバレッタを取り出したクレムは、フラヴィオの長い髪を見ていた。
 クレムの漆黒色の髪は、バレッタを必要としない長さだ。
 フラヴィオのためにわざわざ用意してくれたのだとわかり、胸があたたかくなる。

(ただ……クレム様の瞳の色なのだが……。きっと他意はない、よな?)

 クレムがフラヴィオを、患者としてしか見ていないことはわかっている。
 それでも、クレムの色を身に付けることを想像しただけで、フラヴィオの胸は高鳴ってしまう。

「ありがとうございます」

 心を落ち着かせるフラヴィオは、なんとかお礼を述べる。
 バレッタを受け取ろうとしたのだが、クレムはフラヴィオの背後に回った。

「……私がつけよう」

「いえ、自分で――っ、」

 ゴツゴツとした手がフラヴィオの髪を掬う。
 その手が首筋に触れ、フラヴィオの体はビクッと反応していた。

(……クレム様に触れられた箇所が、熱いっ)

 フラヴィオはドキリとしただけなのだが、クレムの目には、まるでクレムに触れられることを、拒否しているように見えていた――。

「すまない」

 小さな声が耳に届く。
 フラヴィオが振り返れば、バレッタだけがぽつんと置かれていた。

「…………クレム様?」

 飾り気のないバレッタをそっと手に取る。
 普段使いに適しているそれは、一目見ただけで高級品だとわかる代物。
 男性が使用しても、おかしくないものだ。

 ミゲルにも髪飾りは貰ったことがある。
 きらきらとしたエメラルドの宝石が美しく、華やかなものだった。
 貰った時はもちろん嬉しかった。

 でも今は、フラヴィオの手の中にあるシンプルなバレッタが宝物のように見えていた――。

 どこかうっとりと、バレッタを握りしめるフラヴィオを目撃し、歓喜に飛び跳ねそうになるのを堪えていたのは、残念ながら角刈りの男だけだった。














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