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57 家令
しおりを挟むジラルディ公爵邸の訓練場では、上裸の逞しい男たちが鍛錬を積んでいる。
数日前までは、彼らにも多くの仕事が割り振られていたのだが、今は手持ち無沙汰だ。
『新たに二十名ほど使用人を雇った意味がない』と声が聞こえてきたが、家令のオスカルは聞こえぬふりをしていた。
そして現在。
オスカルと他数名は、招待客へパーティーの中止を知らせる詫び状を書いていた――。
「でも、珍しいですよね? 閣下は一度決めたことは、必ず実行されるのに……」
「それを言うなら、パーティーを開くって言い始めたことの方が驚きじゃないか? ロミオ様がいた時ですら、そんな発言を聞いたことがない」
「確かに。夜会も、必要最低限しか顔を出していなかったしな? くだらないと話していたのに、一体閣下になにがあったんだ?」
「……口ではなく、手を動かしてください」
私語を慎むようにと、オスカルに睨まれた男たちは、黙って仕事を始める。
通訳のアキレスが不在のため、誰も主人の気持ちを理解することができなかった。
しかし、オスカルは知ってた。
主人であるクレメント・ジラルディ公爵閣下が、ようやく運命の人を見つけたことを――。
本人から聞いたわけではない。
ただ、任務以外では口を開かない主人が、後妻に関してはオスカルに協力を求めてくるのだ。
といっても、ぽつりぽつりと質問されるだけなのだが……。
それこそ幼い頃からクレメントを見守っていたオスカルにとっては、ありえないことだった――。
そしてクレメントが当主となってから、一度も使用されていない部屋――公爵夫人の部屋には、既に家具や書物が運び込まれている。
自らの手で大量の書物を運ぶ主人の姿は、使用人たちの目には異様な光景に映っていたに違いない。
しかも運び終えてから、『息苦しいな』と呟いた閣下は、書物を別室に移動させた。
壁の端から端、床から天井まで書物で埋め尽くされた図書館を作り、ようやく満足したらしい。
梯子に登って書物を手に取り、『これか?』と呟き、誰もいない空間に書物を差し出す。
なにやらイメージトレーニングをしている狂人……ではなく、主人の姿を覗き見てしまった時のオスカルは、五十年生きて来て初めて顎が外れた。
(部下たちに傅かれてきた閣下を、下僕のようにしてしまうフラヴィオ様とは、一体どのようなお方なのだろう……)
オスカルが独自に調査をしてみれば、『野蛮人』との噂がまず耳に入る。
しかし、閣下の行動を見ていれば、その噂は偽りのものなのだとすぐに判断することになった。
朝夕と想い人のもとへ足繁く通う閣下は、他の時間はすべてレオーネ領のために動いている。
高すぎた税は、即刻引き下げた。
そして、賊の被害に遭った者たちには支援物資を送っただけでなく、無償で力仕事や雑用をする者、医師も派遣していた。
(ただ、その中には、額に犯罪者の焼印を押された者もいるが……)
戦場の鬼神の恐ろしさをよく知るオスカルは、ひとつだけ不安なことがある。
後妻となるフラヴィオ・レオーネ伯爵令息は、もうすぐ十八を迎える青年だ。
見目麗しく、穏やかな性格だそうだ。
そんな彼が、存在が拷問器具のような男を愛せるのだろうか、と――。
十八の頃の閣下といえば、既に戦場を駆け回り、国のためとはいえ、なんの躊躇もなく敵将の首を刎ねていた。
生きてきた環境が違いすぎるのだ――。
(まさか、フラヴィオ様を脅して連れて来るつもりなのでは……?)
逃げられぬよう戦場の鬼神に首根っこを掴まれ、プルプルと震える美青年の姿が、オスカルの脳内に思い描かれる。
もしオスカルの予想通りであれば、必ずフラヴィオ様をお守りしようと、久しく使用していなかった槍の手入れを始めた。
朝から晩まで、庭園にネモフィラの花をせっせと植えている狂人を視界の端に入れているオスカルたちは、要塞のようだったジラルディ公爵邸が、メルヘンチックな城に変化する様に、寒気を感じずにはいられなかった――。
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