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58 家令
しおりを挟むジラルディ公爵夫人のお披露目パーティーは中止になったのだが、先代公爵夫人――ロレッタが顔を出していた。
「ずっと戦場にいたから、仕方がないのだけれど。あの子は気遣いという言葉を知らないじゃない?」
高い位置で結われたネイビー色の長い髪が、オスカルの目の前で揺れている。
息子の隣にいる時は小柄に見えるロレッタだが、成人女性より二十センチは背が高い。
すらっとした体型で、女性騎士のような風貌。
お世辞にも美人とは言えないが、細やかな気配りが出来る女性だ。
友人も多く、オスカル自身もロレッタを信頼している。
「フラヴィオちゃんが嫌な思いをしないように、私たちがフォローしなければならないと思ってね?」
「はい。ですが、その必要はないかもしれません」
「……あら。そうなの?」
予想外の返答だったのか、振り返ったロレッタは涼やかな目元を丸くしていた。
それでも、公爵夫人付きのメイドを紹介するようにと言われたオスカルは、使用人を招集する。
新たに雇われた若いメイドふたりが、緊張した面持ちで挨拶を述べたが、ロレッタの顔は曇っていた。
「ふたりだけなの? それに、随分と若いじゃない。戦えるようにも見えないし……」
「「っ……」」
先代公爵夫人から、不合格だと言われてしまったふたりが、今にも泣き出しそうになっている。
同意見だと話したメイド長のカルメンも、戦闘能力が高い。
むしろジラルディ公爵邸で働いている者たちの中で、戦えない者は誰ひとりとしていないのだ。
「誠心誠意お仕えします! フラヴィオ様のことは、命にかえてでもお守りします!」
無礼も承知で、丸顔のメイドが声を張り上げる。
フラヴィオのことを敬愛していると伝わってくるが、ロレッタはくすりと鼻で笑った。
「そんな当たり前のことを言われてもねぇ……」
「っ……」
ガタガタと震える華奢なメイドが、口を開こうとしたのだが……。
「いくら母上が文句を言おうとも、ふたり以外は考えていない」
「「っ、」」
先程まで庭園にいた閣下が、気配もなく現れる。
戦場の鬼神の圧に腰が抜けそうになっている新人メイドたちだが、目はキラキラと輝いていた。
「私がヴィオのそばにいるのだがら、メイドに強さは必要ない。それから、ヴィオのメイドを増やしてもいいが、ふたりを外すことはない。誰になにを言われても――」
ついて来いと、顎で指示を出された新人メイドふたりが、ロレッタに頭を下げてから閣下の後をついて行く。
ふたりは平民出身の女性で、戦闘力も皆無。
これといって仕事が出来るわけでもない。
それでもマリカとキャシーは、なぜか初対面の時から閣下に気に入られているのだ。
「…………あの子、すごく話すようになったのね」
愛する一人息子に、険しい顔で睨まれたのだが、ロレッタは心の底から感動していた――。
慌てて息子の後を追いかけるロレッタの瞳に、庭一面が青く染まり、空の青と溶け合う風景が飛び込んで来る。
息子が不在時に要塞を管理していたロレッタは、がらりと雰囲気が変わった庭園を前にし、開いた口が塞がらなかった。
「こ、これ……あの子がひとりでやったの……?」
庭園の広さは権力の象徴でもある。
そのためジラルディ公爵邸の庭園は、恐ろしく広大だった。
「確かに青一面も綺麗だけれど……。いろんな花を植えた方がいいんじゃないかしら?」
「それは、我々も話したのですが……。しかし、温室の方は手をつけておりません」
仕事を奪われている庭師たちが、困ったように肩を竦める。
異常事態だと思う使用人一同は、青空を見上げていた。
ふと、邸の方を見たオスカルは息を呑んだ。
(っ……そうか。公爵夫人の部屋から、ネモフィラ畑が一望出来るのだッ!!)
温室には手をつけなかった理由に気付いたオスカルは、閣下の純粋な想いに脱帽した。
ただ、張本人は細身の剣を振り回している。
凄まじい勢いで常緑樹を刈り込む大男に、母親ですら声をかけることは出来なかった。
「……私の目が悪くなったのかしら?」
「いえ。私も同じように見えているかと……」
膝をつくオスカルに目もくれない戦場の鬼神が、一仕事終えて邸に戻る。
呆然とする熟練の庭師たちの視線の先には、見事なハート型のトピアリーが完成していた――。
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