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しおりを挟む――順調に領地を回って五日目。
フラヴィオは、ジラルディ公爵夫人として母の愛した地に向かっていた。
領地に行くのは何年ぶりのことだろう。
母と過ごした日々を思い出すフラヴィオは、無意識のうちに繋いでいる手をぎゅっと握りしめた。
(もう二度と、外に出ることは叶わないかもしれないと、思ったこともあったというのに……)
いたるところに青い花が咲き乱れており、フラヴィオの胸は熱くなっていた。
「これだけ咲いていれば、いくつか摘んでも平気だろう?」
馬車の窓から外の景色を見ようと、クレメントがフラヴィオの肩を抱く。
冷静を保っているものの、さりげないスキンシップに喜ぶフラヴィオは、クレメントを見上げた。
天下を取ったかのような、得意げな顔だ。
「花冠を作って、プレゼントしますね」
「っ、私にか?」
「ふふっ、他に誰が?」
フラヴィオの愛する人はクレメントだけである。
かなり遠回しだったが、フラヴィオの気持ちが伝わったのかもしれない。
日に焼けた頬は赤らんでいた。
(もしかすると、戦場の鬼神と呼ばれる男に、花冠は似合わないだろうと、想像して恥ずかしくなっただけかもしれないが……)
「クレム様の髪は、どんな花でも似合う色だと思います」
「…………ヴィオの方が似合うだろう」
クレメントが金色の髪に触れ、まるで王子様のように、髪に口付けを落とした。
ドキッとしてしまうフラヴィオは、表情に出すまいと必死である。
だが、顔は熱い。
漆黒色の瞳にじっと観察されるフラヴィオは、気付けばそっと抱き寄せられていた――。
人前ではいつも通り、フラヴィオを後妻として丁重に扱ってくれている。
クレメントが後妻を大切に扱えば、周囲の人間もフラヴィオを認めてくれる。
だからこそ、クレメントは丁重な対応を徹底しているのだと、フラヴィオは思っていた。
――しかし、フラヴィオが勇気を出したあの夜以降。
ふたりきりになった途端に、クレメントに抱き寄せられたり、ただ名を呼ばれることが増えていた。
(最初は、私が舐められないようにと、敢えて丁重に扱っていたのだと思う。でも……今は、違うのかもしれない……)
大きな手で頭を撫でられるフラヴィオは、想い人に身を委ねていた――。
◇
馬車を下りれば、大勢の領民がふたりを歓迎してくれていた。
正確に言えば、クレメントを、だ。
短期間の間に領民の心を掴んだクレメントは、それだけの仕事をしたのだろう。
領民想いのフローラを最も尊敬していたフラヴィオは、志の高い夫に惚れ直していた。
「閣下ッ! うちの使用人が全員犯罪者って、一体どういうことですのッ!?」
耳障りな声が響く。
どう見ても領地を視察するような格好ではない、ふくよかな女性が喚いている。
とても貴族とは思えないミランダが暴れ出し、フラヴィオは一旦馬車で待機することとなった。
厳重体制のため、馬車からはなにも見えない。
ただ、おぞましい男女の叫び声が聞こえてくるだけだった。
ひ弱なフラヴィオに出来ることはないだろう。
だが、このまま隠れていていいのだろうか。
(共に剣を握れずとも、私は……クレム様の隣に立ちたい)
なにが起ころうとも、平常心で乗り切ってみせる。
そう決意して馬車をおりれば、身ぐるみ剥がされたミランダが転がっていたのだ――。
それも額に焼印を押した相手は、ミランダを盲目的に愛していたフィリッポである。
話を聞いた当初、フラヴィオはどうしても信じられなかった。
それでも、フラヴィオがやることは決まっている――。
まず、迅速に混乱した場を収めること。
そして、大切な異母弟のために、神官を呼んでほしいとクレメントに頭を下げていた。
「ミゲル、大丈夫か?」
ぼんやりとするミゲルに声をかければ、迷子の子供のような目をして突っ立っていた。
実際には、ミゲルはミランダがどうなろうとかまわない。
最愛の兄を失う未来を想像し、絶望しているだけだったが、フラヴィオの目には悲しみに暮れているように映っていた――。
「神官に来てもらうようお願いしたから、安心していい。死ぬことはないと思う」
「兄様ッ! ありがとうございますッ」
感動したように茶色の瞳を潤ませたミゲルが、フラヴィオに抱きつく。
いつものように優しく頭を撫でてやれば、ミゲルはすんと鼻を啜っていた。
ミランダは最低な人間だが、あれでもミゲルの母親なのだ。
幼い頃に母親を亡くしているフラヴィオは、母親がいなくなることの悲しみを知っている。
どんな母親であれ、ミゲルには必要な存在だと思っていた――。
フラヴィオは五年前からなにも変わっていない。
だが、明らかに仲の良い兄弟が抱き合っている姿は、なにも知らない領民からしてみれば、異様な光景に映っていた――。
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