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103 レオーネ子爵家
しおりを挟むそして一週間後――。
今まで黙っていたミゲルが、口を開いていた。
「に、兄様に会わせてください……っ」
両親のことなどどうでもいい様子のミゲルが、閣下の目を見ることなく懇願する。
母の不貞により精神的に病んでいるという理由で、ミゲルは学園に通っていなかった。
ミランダのことはどうでも良いのだが、ミゲルが精神的に参っているのは事実である。
なにせ、戦場の鬼神がミゲルの最愛の兄と離縁する気が微塵も感じられないのだから――。
「ヴィオに、今までのことを謝罪する気になったんだな?」
「っ…………ぼ、僕が兄様の悪評を否定しなかったのは、母様に言われてっ!! だから、仕方がなかったんです」
フィリッポはともかく、ミランダは牢に入れられることは確定しているはずだ。
そう確信するミゲルは、全て母親のせいにした。
「…………そうか。それならヴィオに、そのまま言えばいい。なにを躊躇する必要があるんだ?」
「っ、で、でも……」
「お前の大切な兄に真実を告げるのか、告げないのか。ハッキリしろ」
閣下に威圧され、恐れ慄くミゲルはびくんと体を震わせた。
不機嫌そうに目を細めた閣下が「私はどちらでもいいぞ?」と、ミゲルに選択を迫る。
少しは反省の色を見せているミゲルだが、フラヴィオに嫌われることを恐れ、己の所業を話すつもりはなかった。
そのことが、今後己の首を絞めることになるのだが、クレメントが教えてやる義理はない。
「家庭の事情を理由に学園を休んでいますが。本当は、針の筵になることを恐れているだけですよね? あなたはどこまで情けない男なのです?」
「…………っ」
アキレスに容赦ない言葉を投げられ、ミゲルはぐうの音も出ない。
クレメントに威圧されるより、心の内を見抜いているアキレスに説教される方が、ミゲルにとっては効果的だった――。
公爵家の人間が去った後、ミランダはどんよりと落ち込むミゲルに声をかけた。
「ミゲル……。あなた、学園には行きなさい」
とても穏やかな声で話したミランダは、三人の中で唯一、現実を受け入れていた――。
「あなたのために言っているのよ。降爵したけれど、貴族のままでいられるのは、すべてフラヴィオのおかげなの。私は直接謝罪することはできないけれど、あなたは違うわ? 心から謝罪すれば、フラヴィオはきっと――」
「母様は口を出さないでください」
ミランダの話を遮ったミゲルは、忌々しげに睨みつけた。
「母様が今も生きていられるのは、僕が、兄様に可愛がられているからです。その僕が、母様の言いなりになっていたとわかれば、きっと兄様は母様を許さないはず……。それなら、なにも言わなければいい」
「…………ミゲル」
「僕は、母様のために言っているんですよ? それとも、早死にしたいのですか?」
そう言って笑ったミゲルを見つめるミランダは、とても醜い顔だと思った。
自分にそっくりの息子から、ミランダはたまらず目を背ける。
我が子に醜悪な部分を見せていたため、そのせいで子育てにも失敗したのだと、ミランダは反省することとなっていた――。
◇
――翌日。
ミゲルは、フラヴィオに呼び出されていた。
食卓には豪華な夕飯が並んでおり、席は随分と離れているが、久しぶりに愛する兄の顔を見ることができたのだ。
興奮を抑えきれないミゲルだが、フラヴィオがますます美しくなっていることに、胸を痛めていた。
「ミゲル、大丈夫か? ミゲルが心を病んでいたことに気付けなくてすまなかった。学園も、無理に行かなくていい」
「っ……兄様っ!!」
その後に続く言葉はきっと、『ずっとそばにいたらいい』だと、ミゲルは確信した。
やはりフラヴィオは、ミゲルを見捨てることはないのだ。
天にも昇る気持ちになるミゲルは、ぱあっと顔を綻ばせた。
「…………」
しかし、それも一瞬のこと。
ミゲルの目付きが鋭くなる。
なぜなら、フラヴィオの隣に座る閣下が、長く美しい金色の髪を指先で弄んでいるのだ。
まるでフラヴィオは自分のものだと、目の前で見せつけられたミゲルは、はらわたが煮えくり返っていた。
(~~っ。僕の兄様なのにッ!!)
美しい兄の伴侶が戦場の鬼神であることを認められないミゲルは、怒りでいっぱいになる。
そんなこととは知らないフラヴィオは、表情にこそ出さないものの、甘い空気を醸し出すクレメントに、たじたじになっていた。
「んんっ。そ、それで。ミゲルには、いい人を見つけておいたよ? だから、無理に学園に通わずとも、伴侶を迎えたらどうだろう?」
「っ……」
愛する人の口から紡がれる残酷な言葉に、ミゲルは意識が遠のく――。
「性格は少しキツイと感じられるかもしれないが、根は優しい人だ。ミゲルを支えてくれると思う」
「……明日から学園に通います……」
フラヴィオ以外と婚姻するつもりのないミゲルが、魂が抜けたように告げた。
(いくらミゲルのためとはいえ、勝手に伴侶を探したのは、さすがにお節介だったか……)
猛省していたフラヴィオは、なぜかご機嫌な夫に頭を撫でられ続けていた――。
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