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106 それぞれの選択
しおりを挟むあっという間に季節は巡り、ミゲルが無事に学園を卒業した。
その後に開かれた盛大なパーティーに、フラヴィオは夫と共に出席していた。
異母弟の晴れの舞台である。
主役はミゲルのため、盛装してはいないのだが、夫に溺愛され、ますます美しさに磨きがかかるフラヴィオは、なにもせずとも注目を集めていた。
自身が人目を引く美貌の持ち主だということを、少しは理解することとなっているフラヴィオだが、今注目されているのは己の容姿のせいではないと思っている。
なにせ、現在フラヴィオの左腕には、真っ赤なドレスを身に纏う、第五王子殿下がぶらさがっているのだ。
「気安くヴィオに触れるなと、何度言ったらわかるんだ」
「本当、独占欲強いんだからっ。フラヴィオも、嫌なら嫌って言った方がいいわよ?」
ふんっと顎を突き出すシャール殿下は、なんだかんだで師であるクレメントのことが大好きである。
かまってほしくてダシにされているわけだが、フラヴィオは笑顔で見守っている。
「フラヴィオの言うことはきちんと聞くからねぇ。パパもビックリっ!」
「ふふっ。陛下も、閣下よりフラヴィオ様とお会いしたいと仰っていらっしゃいました。閣下には内緒ですよ?」
アキレスに耳打ちされたが、「私も同じ気持ちよッ!!」と、シャール殿下が声を大にする。
クレメントが軽く舌打ちをしたのだが、シャール殿下にとっては、クレメントが反応するだけで嬉しいようだ。
シャール殿下はアキレスと親友のため、度々ジラルディ公爵邸に遊びに来ている。
クレメントは鬱陶しいとばかりの対応だったが、フラヴィオの一言で今では仲良く稽古をしていた。
そしてもうひとり、その輪に加わる者がいる。
「フラヴィオ……」
眩しいものでも見るかのように、マルティンがすっと目を細くする。
親友の碧眼には、今も熱が宿っているが、フラヴィオは気付かないふりをする。
「久しぶり、マルティン。……といっても、一週間ぶりだけど」
そう言ってフラヴィオが微笑めば、マルティンも相好を崩した。
分厚い手紙を貰い、マルティンの謹慎が解けて以降、フラヴィオに何度も謝罪に来ていた。
正直なところ、片想いをしていた相手の妻になれた幸せでいっぱいだったフラヴィオは、マルティンのやらかしをすっかりと忘れていたのだ。
フラヴィオと和解して大喜びだったマルティンには、内緒である。
その後はアキレスに稽古をつけてほしいと頼みに来ており、フラヴィオともよく顔を合わせている。
本当ならクレメントに指導してもらいたいようだが、マルティンだけは秒殺される。
少し大人げない一面を見せるクレメントだが、フラヴィオにとってはそんなところも愛おしいのだ。
「さっさと連れて行け」
「っ、はい!」
クレメントに睨まれたマルティンが、慌ててフラヴィオからシャール殿下を引き剥がす。
婚約者に対して雑な対応をするマルティンに、シャール殿下がガミガミと怒っている。
毎度言い合いをしているふたりだが、なんだかんだで仲が良いのだ。
「……じゃあ、またな。フラヴィオ」
「ああ、また」
フラヴィオが笑顔で片手を上げれば、マルティンの表情が華やいだ。
友人ふたりが、いつかクレメントとフラヴィオのように心から結ばれたらいいな、と思うフラヴィオは、笑顔でふたりを見送った。
そんなフラヴィオを見つめる周囲の人々も、マルティンと同じようにうっとりとしている。
フラヴィオの内面から滲み出る美しさは、関わる全ての人を魅了する。
今や、ディーオ王国でフラヴィオを知らない者などいなかった――。
一方、会場の隅では、ひとりでいるところを、早く最愛の兄に発見してもらいたく、うずうずしている男がいた。
学園に復帰後のミゲルの環境は、ガラリと変わっていた。
学園では剣術の腕もあり、下位貴族の中心人物だったミゲルだが、腫れ物扱いをされている。
ジラルディ公爵家から睨まれたくない者たちは、誰もミゲルとは口を利かなかった。
しかし、取り巻きがひとり残らずいなくなろうとも、ミゲルは特段気にしていなかった――。
ミゲルの世界の中心は、愛する異母兄なのだ。
取り巻きのことは、誰ひとりとして最初から友人だと思っていない。
鬱陶しいとすら思っていたため、清々している部分もあった。
それにミゲルが虐められているとわかれば、フラヴィオは必ず昔のように助けてくれるはずだ。
顔に小さな傷を作った時に、心配してくれた優しく心の清らかな兄を思い出すミゲルは、むしろクラスメイトたちから殴ってほしいとすら思っていた。
両親とは絶縁することを決めているミゲルは、ひとりぼっちの可哀想な自分に酔っている、図太い神経の持ち主だった――。
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