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しおりを挟む少しずつ体調が回復していたノエル君が、予定より早く屋敷を出て行くこととなり、荷をまとめている。
時間がかかっているのは、きっと懐いている子猫とのお別れの時間をとっているのだろう。
使用人全員がノエル君の元へ向かったが、俺だけは談話室を覗いていた。
ユージーン様が、ノエル君の恋人と対峙している姿を見守るためだ。
ソファーに腰掛けるユージーン様から、距離を置いて立っているエドワードを目視し、さすがに殴り合いにはならないだろうと、とりあえず安堵する。
「俺は、ユージーンさんのことはライバルだと思っていたけど、尊敬もしていた」
まるで今は軽蔑していると言わんばかりのエドワードは、海のような青い瞳に怒りの炎を燃やしていた。
ふっと笑ったユージーン様は、だからどうしたと、ゆるりと首を傾げる。
ノエル君が出て行くことになっても、余裕のある態度が気にくわないのか、エドワードの表情は険しいままだ。
「あの屋敷で子供たちに会った時……。俺はすぐに、ユージーンさんの身代わりだって気付きました。全てを手にしていると思っていた貴方は、自由を奪われていた……。俺は、貴方のことを、出来ることなら助けてあげたいとも思っていたんです。だからノエルにも、今後は会ってもいいと話していたんだ。それなのに……っ」
「ふっ、随分と上からな物言いだな?」
「っ……」
聞いていられなくなったのか、ユージーン様が普段より低い声を発する。
「お前が正義感溢れる自分に酔うのは勝手だが、私は同情なんてされたくないんだよ。第一、自身の大切な存在を蔑ろにしておいて、私に構っている場合ではないだろう」
そんなこともわからないのかと、困ったように首を振るユージーン様。
カッと羞恥で顔を赤くしたエドワードは、なにも言い返せずに、ただ全身を震わせていた。
まるで相手にならないのに、どうしてユージーン様ではなくこの男が選ばれたのか……。
俺には、ノエル君の気持ちを理解出来なかった。
「真っ先に手を差し伸べなければならない相手の異変にも気付けないのに、私を助けてあげたい? ふっ、あまり笑わせないでくれないか?」
「っ、」
「ノエルが好きだ、愛している、必ず幸せにする。口にするのは簡単だが、それならばどうやって幸せにするんだ? 今のお前は、反省はしたのかもしれないが、以前とはなにも変わっていない。口先だけの男だ」
すっと立ち上がったユージーン様が、拳を握りしめるエドワードの前に立ち、彼を見下ろした。
「それでもノエルは、お前を選んだ。ノエルを必ず幸せにすると誓え。もし出来ないのであれば、今度こそ本気で奪いにいく」
「っ、ノエルは誰にも渡さないっ。特に貴方にだけは、絶対に……」
見目麗しい二人の間で、火花が散っている。
射殺さんとばかりに睨み続けるエドワードを、ユージーン様は一笑に付した。
さっさと行けと告げたユージーン様が、憎い相手に背を向ける。
なぜかその場に佇むエドワードは、おずおずと口を開いた。
「舞台俳優は……辞めるんですか」
「……そうだな、そのつもりだったが……。今のお前が、どうやってノエルを幸せにするのかを見届ける必要がありそうだな?」
ゆっくりと振り返ったユージーン様は、いつもの微笑を浮かべていた。
「私の最後の舞台では、私を超える演技をしてくれよ? お前は、ノエルのためならなんでも出来るんだろう?」
「っ……もちろん、最初からそのつもりです」
「ふふっ、期待しているよ」
最後は、後輩にエールを送る形で話を締めくくったユージーン様。
彼が皆を魅了する完璧なまでの微笑みは、ノエル君と一緒に笑っているユージーン様とは、まるで別人だった。
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