初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん

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10 完全敗北

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 冬の風が頬を刺す。
 けれど、もっと痛いのは、胸の奥に広がる感情だった。
 孤児院に近づくたび、胸の鼓動も重く響いて、落ち着かなくなる。

 きっと今日も、彼女はそこにいるのだろう。
 ロミオの初恋の人――ブリトニーが……。


 孤児院への訪問は、月に一度。
 けれど、初恋の人と再会したロミオが、通う頻度を増やすのではと思っていたのは、私の勝手な思い込みにすぎなかった。

 彼は、私から誘わない限り足を運ぼうとしない。
 むしろ、前よりも慎重に距離を取っているようにさえ思える。

 とはいえ、もしブリトニーと再会してから急に私が誘わなくなったら、それはそれで怪しまれるだろう。
 だから私は、予定のない休日を選んで、孤児院に足を運び続けていた。


「ルキナ様っ! ロミオもっ!」


 門をくぐった途端、弾むような声が飛んでくる。
 まるで待ち構えていたかのように駆け寄ってきたのは、やはりブリトニーだった。

 約束をしていたわけではない。
 それでも必ず、彼女はここにいる。


「……もしかして、毎日孤児院に足を運ぶのは、ロミオに会いたいから?」


 そう思わせるほどに、必然のように出会ってしまう。

(いえ、そんなわけないわ。ブリトニーは、パン屋のお手伝いで毎日忙しいはず……。きっとふたりは、運命の赤い糸で結ばれているのね……)


「ブリトニー! 絵本読んで!」


 子どもたちが我先にと彼女の手を引っ張り、膝の上を奪い合う。
 ブリトニーはそんな彼らを笑ってなだめると、一番小さな子を抱き上げて膝に乗せ、自然な仕草で絵本を開いた。
 柔らかな声色で物語を紡ぎ、時折挿絵に合わせて表情を変えてみせる。
 子どもたちは夢中で耳を傾け、笑い声を上げ、時に目を潤ませた。

(……さすが、ヒロイン。私にはとても真似できないわ)

 思わず隣のロミオを窺えば、やはり彼は優しい眼差しでブリトニーを見つめていた。
 その姿に、胸がきゅっと痛む。
 好きな人が、別の誰かを愛おしげに見守っている。
 そんな光景に、私は耐えられず、視線を逸らした。


「君は弟妹も多いから、子どもの扱いに慣れているんだね」


 ふと、ロミオの声が聞こえた。
 気がつけば彼は、読み聞かせを終えたブリトニーに話しかけていた。


「あははっ! もうロミオったら、そんな堅い言い方やめてよ。昔みたいに、ブリトニーでいいわ? かしこまられると、なんだかくすぐったいの」

「…………」


 ロミオは困ったように笑みを浮かべ、私の方を見た。
 その瞳はまるで「どう返せばいいか、君に判断を委ねたい」と訴えているようで――。
 ずるい、と心の奥で呟く。
 こんな場面で、私が「だめ」とは言えるはずがない。
 嫉妬心に駆られて心の狭いことを言えば、ロミオに嫌われてしまうだろう。
 だから私は、絞り出すように答えた。


「そうね。人目がないところなら、いいんじゃないかしら? ……ふたりきりのときは、ロミオも私のことを、ルキナと呼んでいるしね」


 口にした瞬間、はっとする。
 まるでブリトニーに対して、優位を誇示するような言葉ではないか。
 顔から血の気が引く。
 今すぐにでも消えてしまいたい――。
 そう思ったとき。


「っ、そうなんですか!? それじゃあアタシも、ルキナって呼んでもいいですか!?」

「……えっ、」


 ブリトニーは瞳を輝かせ、無邪気に笑った。
 あまりに想定外の反応に、私は言葉を失った。

(どうしよう。ふたりと一緒にいると、どんどん苦しくなっていく……)

 私の醜い言葉を、彼女はまるで気にも留めない。
 その純真さが、刃のように私を刺す。
 器の小ささを突きつけられ、惨めで、情けなくて、涙が出そうになった。





 それからというもの、ブリトニーとの距離は一層近くなった。
 くだらないことで笑い合い、肩を軽く叩いてみせ、自然に手を繋いだりもする。
 彼女は一緒にいるだけで楽しくて、温かくて、誰もが惹かれてしまう存在だ。

(ロミオだけじゃない。ブリトニーを知った男性のほとんどは、彼女を好きになるわ……)

 私が勝てる要素なんて、一つもない。
 そう痛感した瞬間、胸の奥で小さな音を立てて、自信が砕け落ちた。

 ――完全敗北。

 それが、今の私の正直な気持ちだった。




 







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