初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん

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12 適切な距離




 結局、ロミオとブリトニーは、ずっと隣に並んで行動していた。
 その無意識の行動が、私の胸を締め付ける。

 すると、兄様がロミオとブリトニーを呼び止めた。


「ロミオと……そこの君。少し話せるかな?」

「「っ……は、はいっ」」


 院長に個室へと案内され、私たちは向かい合って座った。

 兄様が当然のように私を隣に座らせたことで、必然的にロミオとブリトニーが並ぶかたちになる。
 広すぎないソファに肩を寄せ合う二人は、それが自然に思えるほど、よく似合っていた。

 ――まるで、恋愛漫画を見ているかのように。

 けれども、子どもたちの前で見せていた兄様の柔らかさはそこになく、厳しい表情が部屋の空気を一変させる。


「ブリトニー。君とロミオは幼馴染かもしれないが、今のロミオの立場は貴族だ。あまり人前で触れ合うのは控えた方がいい。そのことで傷つくのは、君自身だからね」


 その一言に、ロミオは驚いたように顔を青ざめさせ、慌ててブリトニーとの距離を取った。
 琥珀色の瞳が動揺に揺れ、次の瞬間、私の方を縋るように見つめてくる。
 ロミオが何を考えているのかはわからないけれど、私は黙って兄様の話に耳を傾けた。


「ロミオのことを大切に思うなら、どうか適切な距離を保ってほしい」


 兄様は語気を和らげながらも、真剣な眼差しを向ける。
 私は兄様にはなにも話していなかったのに、私の思っていることをすべて伝えてくれた。
 胸がじんわりとあたたかくなった。
 

「っ、ご、ごめんなさい……っ!」


 兄様の言葉に、ブリトニーは大きな瞳を潤ませ、唇を震わせた。


「アタシ、礼儀もマナーもちゃんとなっていないのに、大好きなふたりに会えたのが嬉しくて、つい……」

「そうだったのか。けれど、世の中には心ない言葉を投げる人もいる。君が悪くなくとも、傷つくことになる」

「……はい。わかっています」


 素直に話を聞くブリトニーは、すんと鼻を啜った。
 ブリトニーは昔のように振る舞っただけで、悪気があったわけではないのだろう。
 それでも兄様は、言葉を紡ぐ。


「我らリヴィエール公爵家の者は、常に人々の目にさらされている。些細な行いでも揚げ足を取られれば、両親の築いた名声を曇らせることになる。それだけは許されないんだ」


 わかりやすく噛み砕いて説明する兄様の声音には、彼なりの思いやりが滲んでいた。
 その誠実さが届いたのだろう。
 ブリトニーはすぐにうなずき、ロミオとの距離を置くと約束した。


「それでは……また」


 しゅんと肩を落とす背中を見送り、私たちは邸に戻ることになった。

 帰りの馬車では、行きとは打って変わり、兄様は私の隣に座り、ロミオを近づけまいとするかのように壁を作る。
 空気は重く、張り詰めていた。





 屋敷へ戻るや否や、兄様はロミオを伴ってそのまま自室へ向かった。


「あなたたち……何かあったの?」


 玄関で迎えてくれた母様が、そっと耳打ちする。


「っ、兄様が、怒っているみたいで……」


 詳しく説明できずとも、それだけは確かだ。
 私のために兄様が声をあげてくれる。
 それが嬉しくもあり、私の代わりにロミオとブリトニーへ忠告してくれたことに、密かに感謝していた。

(でも、ロミオは大丈夫かしら……)

 幼い頃からロミオにとってジークレイン兄様は憧れの存在だった。
 だからこそ、その人に叱責されるのは堪えるに違いない。
 心配になった私は、兄様の部屋の隣に忍び込み、壁に耳を当てる。


「全然、聞こえないわ……」

「ルキナ様、こちらを」


 使用人たちが差し出してきたのは、コップや聴診器。
 私を止めるどころか、盗み聞きがしやすいように協力してくれるその姿に、思わず笑みがこぼれる。

(みんな……私たちのことを心配してくれているのね)

 ありがたくコップを受け取り、耳を澄ませた瞬間――。


「ロミオ。お前は、私に言われなければわからないほど愚かだったか?」


 低く鋭い声が空気を震わせ、思わず背筋が凍りついた。


「っ……周りに誤解されるような態度をとってしまい、申し訳ありません」

「謝って済む問題ではない。いずれ、由緒あるリヴィエール公爵家を継ぐルキナの婚約者候補になれることが、どれほど名誉なことなのか……。どうやら理解していないようだな? そんな今のお前には、ルキナを任せられない。それが、リヴィエール公爵家の総意だ」


 その断言に、胸が熱くなる。
 大人になった今でも、兄様が変わらず私を大切に思ってくれている。
 その事実が伝わってきて、涙がこぼれそうになった。

(でも――。ジークレイン様は、本当に公爵家を継ぐつもりはないのね)

 おそらく兄様は、父様のように宰相になるつもりなのではないだろうか。
 将来の話はしたことがなかったけれど、今度兄様に聞いてみよう。
 そんなことを考えていると、ロミオの声が聞こえてくる。


「っ、僕は、ルキナ様を心から大切に思っています。触れることさえ、躊躇ってしまうくらいに……。僕にとっては、特別なお方なんです!」


 ロミオの声が壁越しに響く。
 彼のエスコートが、いつも壊れ物を扱うように慎重だったことを思い出す。
 ロミオは私に必要以上に触れてくることはなかったけれど、その一方で、冷たさは微塵も感じなかった。


「……ブリトニーに気軽に触れられるのは、異性として意識していないから……?」


 そんな都合のよい解釈を、私は望んでしまう。

(……今は、ロミオの言葉を信じよう)

 そう心に決めて、私は盗み聞きをやめ、部屋へと戻った。



















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