14 / 50
12 適切な距離
結局、ロミオとブリトニーは、ずっと隣に並んで行動していた。
その無意識の行動が、私の胸を締め付ける。
すると、兄様がロミオとブリトニーを呼び止めた。
「ロミオと……そこの君。少し話せるかな?」
「「っ……は、はいっ」」
院長に個室へと案内され、私たちは向かい合って座った。
兄様が当然のように私を隣に座らせたことで、必然的にロミオとブリトニーが並ぶかたちになる。
広すぎないソファに肩を寄せ合う二人は、それが自然に思えるほど、よく似合っていた。
――まるで、恋愛漫画を見ているかのように。
けれども、子どもたちの前で見せていた兄様の柔らかさはそこになく、厳しい表情が部屋の空気を一変させる。
「ブリトニー。君とロミオは幼馴染かもしれないが、今のロミオの立場は貴族だ。あまり人前で触れ合うのは控えた方がいい。そのことで傷つくのは、君自身だからね」
その一言に、ロミオは驚いたように顔を青ざめさせ、慌ててブリトニーとの距離を取った。
琥珀色の瞳が動揺に揺れ、次の瞬間、私の方を縋るように見つめてくる。
ロミオが何を考えているのかはわからないけれど、私は黙って兄様の話に耳を傾けた。
「ロミオのことを大切に思うなら、どうか適切な距離を保ってほしい」
兄様は語気を和らげながらも、真剣な眼差しを向ける。
私は兄様にはなにも話していなかったのに、私の思っていることをすべて伝えてくれた。
胸がじんわりとあたたかくなった。
「っ、ご、ごめんなさい……っ!」
兄様の言葉に、ブリトニーは大きな瞳を潤ませ、唇を震わせた。
「アタシ、礼儀もマナーもちゃんとなっていないのに、大好きなふたりに会えたのが嬉しくて、つい……」
「そうだったのか。けれど、世の中には心ない言葉を投げる人もいる。君が悪くなくとも、傷つくことになる」
「……はい。わかっています」
素直に話を聞くブリトニーは、すんと鼻を啜った。
ブリトニーは昔のように振る舞っただけで、悪気があったわけではないのだろう。
それでも兄様は、言葉を紡ぐ。
「我らリヴィエール公爵家の者は、常に人々の目にさらされている。些細な行いでも揚げ足を取られれば、両親の築いた名声を曇らせることになる。それだけは許されないんだ」
わかりやすく噛み砕いて説明する兄様の声音には、彼なりの思いやりが滲んでいた。
その誠実さが届いたのだろう。
ブリトニーはすぐにうなずき、ロミオとの距離を置くと約束した。
「それでは……また」
しゅんと肩を落とす背中を見送り、私たちは邸に戻ることになった。
帰りの馬車では、行きとは打って変わり、兄様は私の隣に座り、ロミオを近づけまいとするかのように壁を作る。
空気は重く、張り詰めていた。
屋敷へ戻るや否や、兄様はロミオを伴ってそのまま自室へ向かった。
「あなたたち……何かあったの?」
玄関で迎えてくれた母様が、そっと耳打ちする。
「っ、兄様が、怒っているみたいで……」
詳しく説明できずとも、それだけは確かだ。
私のために兄様が声をあげてくれる。
それが嬉しくもあり、私の代わりにロミオとブリトニーへ忠告してくれたことに、密かに感謝していた。
(でも、ロミオは大丈夫かしら……)
幼い頃からロミオにとってジークレイン兄様は憧れの存在だった。
だからこそ、その人に叱責されるのは堪えるに違いない。
心配になった私は、兄様の部屋の隣に忍び込み、壁に耳を当てる。
「全然、聞こえないわ……」
「ルキナ様、こちらを」
使用人たちが差し出してきたのは、コップや聴診器。
私を止めるどころか、盗み聞きがしやすいように協力してくれるその姿に、思わず笑みがこぼれる。
(みんな……私たちのことを心配してくれているのね)
ありがたくコップを受け取り、耳を澄ませた瞬間――。
「ロミオ。お前は、私に言われなければわからないほど愚かだったか?」
低く鋭い声が空気を震わせ、思わず背筋が凍りついた。
「っ……周りに誤解されるような態度をとってしまい、申し訳ありません」
「謝って済む問題ではない。いずれ、由緒あるリヴィエール公爵家を継ぐルキナの婚約者候補になれることが、どれほど名誉なことなのか……。どうやら理解していないようだな? そんな今のお前には、ルキナを任せられない。それが、リヴィエール公爵家の総意だ」
その断言に、胸が熱くなる。
大人になった今でも、兄様が変わらず私を大切に思ってくれている。
その事実が伝わってきて、涙がこぼれそうになった。
(でも――。ジークレイン様は、本当に公爵家を継ぐつもりはないのね)
おそらく兄様は、父様のように宰相になるつもりなのではないだろうか。
将来の話はしたことがなかったけれど、今度兄様に聞いてみよう。
そんなことを考えていると、ロミオの声が聞こえてくる。
「っ、僕は、ルキナ様を心から大切に思っています。触れることさえ、躊躇ってしまうくらいに……。僕にとっては、特別なお方なんです!」
ロミオの声が壁越しに響く。
彼のエスコートが、いつも壊れ物を扱うように慎重だったことを思い出す。
ロミオは私に必要以上に触れてくることはなかったけれど、その一方で、冷たさは微塵も感じなかった。
「……ブリトニーに気軽に触れられるのは、異性として意識していないから……?」
そんな都合のよい解釈を、私は望んでしまう。
(……今は、ロミオの言葉を信じよう)
そう心に決めて、私は盗み聞きをやめ、部屋へと戻った。
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者は私を大切にしてくれるけれど、好きでは無かったみたい。
まりぃべる
恋愛
伯爵家の娘、クラーラ。彼女の婚約者は、いつも優しくエスコートしてくれる。そして蕩けるような甘い言葉をくれる。
少しだけ疑問に思う部分もあるけれど、彼が不器用なだけなのだと思っていた。
そんな甘い言葉に騙されて、きっと幸せな結婚生活が送れると思ったのに、それは偽りだった……。
そんな人と結婚生活を送りたくないと両親に相談すると、それに向けて動いてくれる。
人生を変える人にも出会い、学院生活を送りながら新しい一歩を踏み出していくお話。
☆※感想頂いたからからのご指摘により、この一文を追加します。
王道(?)の、世間にありふれたお話とは多分一味違います。
王道のお話がいい方は、引っ掛かるご様子ですので、申し訳ありませんが引き返して下さいませ。
☆現実にも似たような名前、言い回し、言葉、表現などがあると思いますが、作者の世界観の為、現実世界とは少し異なります。
作者の、緩い世界観だと思って頂けると幸いです。
☆以前投稿した作品の中に出てくる子がチラッと出てきます。分かる人は少ないと思いますが、万が一分かって下さった方がいましたら嬉しいです。(全く物語には響きませんので、読んでいなくても全く問題ありません。)
☆完結してますので、随時更新していきます。番外編も含めて全35話です。
★感想いただきまして、さすがにちょっと可哀想かなと最後の35話、文を少し付けたしました。私めの表現の力不足でした…それでも読んで下さいまして嬉しいです。
女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜
流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。
偶然にも居合わせてしまったのだ。
学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。
そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。
「君を女性として見ることが出来ない」
幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。
その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。
「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」
大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。
そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。
※
ゆるふわ設定です。
完結しました。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
完結 この手からこぼれ落ちるもの
ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。
長かった。。
君は、この家の第一夫人として
最高の女性だよ
全て君に任せるよ
僕は、ベリンダの事で忙しいからね?
全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ
僕が君に触れる事は無いけれど
この家の跡継ぎは、心配要らないよ?
君の父上の姪であるベリンダが
産んでくれるから
心配しないでね
そう、優しく微笑んだオリバー様
今まで優しかったのは?
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。