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14 準男爵家
春の訪れを告げる花々が、リヴィエール公爵邸の庭を彩る。
ついこのあいだまで、凍える風に肩をすくめていたというのに、今では柔らかな陽光が差し込み、使用人たちの表情にもどこか明るさが増していた。
そんな折、ロミオとブリトニーは、適切な距離を保つと心に誓った。
私はそのことに安堵し、ようやく胸のつかえが取れたような気がしていた。
けれどその安堵は、表彰式の日にあっけなく崩れ去った。
「パン屋の看板娘が、あんな可愛い子だったとは……」
誰かのつぶやきが、耳に届く。
壇上に姿を現したブリトニーに、会場中の視線が吸い寄せられていた。
街の小さなパン屋にすぎなかったブリトニーの家が、貧しい人々を救った功績を称えられ、準男爵家として叙爵されることになったのだ――。
(ブリトニーの家族にとっては、これ以上ない吉報……。でも、ブリトニーは大丈夫なの?)
支えとなる存在もなく、突然に貴族社会へと放り込まれてしまうブリトニーが、この先どうなるのか――想像しただけで胸がざわついた。
私が動いたせいで、未来は確実に変わっている。
その事実が、氷のように冷たい重みとなって心の底に沈んでいく。
眩い会場の光が霞み、くらくらと視界が揺れる。
立っているのも、やっとだった。
「ルキナ様、大丈夫ですか?」
どんどん具合が悪くなってくる私に、ロミオは気づいたのだろう。
自然に私の腕を取ってエスコートしてくれた。
「ええ、平気よ……」
可愛いリボンのたくさんついた桃色の衣装を着たブリトニーが、ゆっくりと歩いてくるのが視界の端に映る。
(今は会いたくなかったのに……)
こんなに愛らしい初恋の人を見たら、誰だって心惹かれてしまうだろう。
そう確信した。
「ルキナ様、ロミオ様。ご無沙汰しております」
ロミオに腕を取られ支えられている私に、ブリトニーが慣れない仕草でドレスの裾をつまみ、覚えたてのカーテシーをしてみせた。
本来なら、格上である私やロミオから声をかけるべきだ。
しかし、貴族の礼儀作法を知らないブリトニーは、そんなことには気づかず、いつも通りに笑みを向けてくる。
けれども、誰も彼女を咎めたりはしなかった。
なにせ、表彰のきっかけとなった「揚げパン」が、リヴィエール公爵家の後ろ盾によって広まったことを、誰もが知っているからだ。
私は努めて気にしていないふうを装い、微笑んだ。
「おめでとう、ブリトニー。表彰されたのは、パンを売っていたからだけではないわ。あなたが孤児院で積極的に活動していたことも、きっと評価されたのよ」
「へへっ……そうでしょうか」
頬を染めて鼻先をこするブリトニー。
その仕草があまりに無邪気で、まるで背後に花が咲いているように見えた。
「小さな町のパン屋の娘が、まさかお貴族様になれるなんて……。今でも夢みたいですっ。これもすべて、出会ったあの日に手を差し伸べてくださった、ルキナ様のおかげです! 本当にありがとうございます!」
白い歯を見せて笑うブリトニーの姿は、どこか健康的で瑞々しい。
上気した頬や、小麦色の肌――。
コルセットで体を締め上げ、令嬢たちが競うように白粉を塗り重ねるなかで、彼女だけが自然なままの姿をさらしている。
髪もまた、飾り立てすぎず、桃色の柔らかな波が肩に落ちている。
けれども私は、そうした「自然な美しさ」が、むしろ完成された令嬢たちよりも目を奪うものだと気づいてしまった。
(やめて……見ないで……)
ブリトニーの魅力に、男性陣が次々と視線を向けるのも無理はない。
そして、その中にロミオも含まれていることを、私は痛いほど理解していた――。
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