初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん

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13 初恋と、一目惚れ 《ロミオside》

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 幼い頃、母を病で亡くした。
 心の弱かった父は悲しみに耐えられず、酒に溺れていくようになる。

 父に似ている僕は、素面のときには「自慢の息子だ」と頭を撫でてもらえた。
 でも、一度酒が入れば豹変する。
 殴られ、蹴られ、生傷の絶えない子供時代だった。

 それでも、母を失った悲しみは理解できる。
 だから暴力を受けてもなお、必死に寄り添おうとした。
 けれど――父は酒を手放さず、僕の心は限界に近づいていた。


 そんなときに出会ったのが、ブリトニーだった。


「アタシが焼いたパンを食べて、元気出して!」


 にっこり笑いかけてきた少女の桃色の髪から、焼きたてのパンの匂いがした。
 見知らぬ僕にパンを分けてくれる優しさに胸を打たれる。
 差し出されたのは固くなった売れ残りのパンだったけど、彼女の存在は確かに僕を救った。

 貧乏男爵家に生まれた僕には、友達と呼べる存在はいなかった。
 容姿を褒められても、家名を聞いた途端に人は冷めた目を向ける。
 だからこそ、気さくに声をかけてくれたブリトニーに惹かれるのは自然なことだった。

 ふたりで秘密の小屋に集まり、他愛もない話をする。
 彼女は笑ってくれたけれど、僕の胸の奥には常に「生きる意味なんてあるのだろうか……」という虚しさが残っていた。

 本当は学びたかった。
 けれど家には父の怒号があり、学べる環境はない。
 参考書を買うお金も、すべて酒代に消えていった。


「いっそ、あの人が消えてくれたら……」


 ふと漏れた自分の言葉に、我ながら愕然とした。
 天涯孤独になっても構わないと思うほど、追い詰められていたのだ。


 ――そんな僕を照らしたのが、ルキナ様だった。


 リヴィエール公爵家の宝。
 黄金色の髪は光を受けてきらめき、瞳は澄んだ湖のような青。
 歩けば人々が振り返り、微笑めば場が明るくなる。
 噂ではふくよかだと聞いていたけど、僕の目には健康的で愛らしく、なにより気品に満ちて映った。

 出会った瞬間、胸を貫かれた。
 今にして思えば――あれは一目惚れだった。

 ルキナ様は勉強を教えてくれ、学べる環境を整えてくれた。
 孤独だった僕を人々に紹介し、交友の輪を広げてくれた。
 努力家で、誰よりも優しく、強い心を持っていた。
 気高いのに驕らず、ひたむきに未来を見つめる姿は、僕の中でいつしか女神のように神聖な存在となっていた――。

 そんな彼女の婚約者候補に選ばれたときの喜びは、天にも昇る思いだった。
 パーティーで彼女をエスコートすると、誰もが自然と僕を婚約者と認める。
 羨望の視線を浴びるたび、過去の自分とは違うのだと実感し、胸が満たされた。

 ルキナ様の隣に立つだけで、不思議と自信が湧き、暗い記憶さえ薄れていった。


 そんな折――ブリトニーと再会した。


「それじゃあアタシも、ルキナって呼んでいいですか!?」


 思ったことをすぐ口にする彼女。
 ルキナ様が寛容に許してくれたから良いものの、本来ならば不敬罪に問われてもおかしくない。
 僕は気が気ではなかった。
 でも、だからといって注意することもできずにいると、距離が近いとジークレイン様に叱責された。


「ルキナの伴侶になるということは、すなわちリヴィエール公爵家に婿入りするということだ。その覚悟を持て」

「っ……」


 頭を打ち据えられたような衝撃だった。
 僕はずっと、リヴィエール公爵家を継ぐのは嫡男であるジークレイン様で、ルキナ様は公爵家の配下にある子爵家を継ぐものだと思い込んでいたのだから。

(……だから、僕はいつまでも「候補」のままだったのか)


「これからは、より一層精進したいと思います」

「……ああ。私はお前を応援している。心から、だ」


 穏やかに頷いたジークレイン様は、続けて静かに言葉を重ねる。


「公爵家に相応しい人間になることはもちろんだが――それ以上に、ルキナを悲しませないこと。リヴィエール公爵夫妻の至宝を、必ず幸せにしてくれ。それを約束できるか?」


 胸に響くその声音に、僕は深く息を吸い込み、気持ちを新たに頷いた。
 彼は出逢った頃から変わらず僕を気にかけてくれ、導いてくれる憧れの存在だ。
 その期待に応えたい。
 そう心から思った。


 ――けれど、社交の場でブリトニーと顔を合わせるたびに、否応なく遠い記憶が蘇ってしまう。


(この香り……)

 通りすがりに、ブリトニーの髪からあの頃と同じパンの匂いがした。
 肩を寄せ合い、ひとつのパンを分け合った時間。
 言葉にしなくても心が通った日々。

(……ブリトニーは、今の僕をどう思っているのだろう)


 あれだけ惨めな地獄にいたのに。
 今が幸福すぎるせいで、ブリトニーと過ごした日々を都合よく美化していたことに――僕はまだ気づいていなかった。



















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