初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん

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24 脅威 《ジークレインside》




 ――ルキナ・リヴィエール。

 高貴な王女に似た、本物の公爵令嬢。
 彼女の誕生は、私にとって祝福ではなく、ただの脅威でしかなかった。

 まごうことなき天使、ルキナ。
 彼女の愛らしさに、父も母も、使用人たちでさえも骨抜きにされていく。
 私を尊重してくださるエレオノール様ですら、我が子を溺愛し、滅多に叱ることなどなかった。
 公爵様もまた同じ。
 ――エレオノール様に似たルキナを叱れる人間など、誰ひとりいなかった。

 そのため、どんどんわがままに成長していく。
 けれど、それを許される立場と権力を、彼女は当然のように持っていた。

 私は、ルキナの言いなりだった。
 ルキナに好かれていれば、両親にも必要としてもらえる。
 両親に――二度と捨てられたくなかった。
 だから私は、必死に「理想の兄」を演じていた。

 それでも、公爵家の正統な後継者がルキナに定まっても、私の後継者教育が終わることはなかった。
 その理由を知りたくて父を訪ねたとき、将来を左右する話を切り出されたのだ。


「ブノワ王国の法では、公爵家の後継者はルキナになる。だが、ジークも私たちの息子に変わりはない」


 父は柔らかな眼差しで続けた。


「少し歳は離れているが……ルキナの伴侶にならないか?」

「……えっ」

「ジークさえ良ければ、このままルキナを支えてほしい。おまえがそばにいてくれたら、どれほど心強いか……。エレオノールも同じ気持ちだ」

「父様……」

「だが、選ぶのはジークだ。好いた相手がいるなら、その者と結婚してもいい。その場合は、子爵として新たな地を任せよう。おまえの学んできたことを生かしてほしい。考えてみなさい」

「……はい」


 その手が、優しく私の頭を撫でた。
 温かな掌の感触に、胸が詰まり、同時に己の愚かさが浮き彫りになる。

 父に気に入られたくて、少しでも容姿を似せようと伸ばした髪。
 私のこざかしい真似など、すべて気づかれていたに違いない。

(――いくら容姿を真似しても、血のつながった家族にはなれないのに……)

 その瞬間、ふと「血のつながった両親」のことが頭をよぎった。
 愛してほしいわけではない。
 ただ、自分がいなくなった後、あの人たちはどうしているのか……。

 調べると、養子に出された二年後、両親のもとに子が生まれていた。
 不仲のはずが、子は産まれたのだ。
 茶髪で両親に似た容姿だったと知り、私は胸を撫で下ろした。
 きっと、私のように育児放棄されることはないだろう、と。

 しかし、数年後。
 母は流行病で世を去ったと聞いた。
 けれど、心は動かなかった。
 悲しみも、悔しさもなく――ただ「そうなんだ」としか思えなかった。

 ……そんな自分にこそ、冷酷さを覚えた。

 父はというと、これまで育児など放棄してきた人間だ。
 だが、容姿が似ている息子なら愛せるのだろうか。

 不意に心配になった私は、顔も知らぬ弟に会いに行った。

 そして――信じられない光景を目撃した。

 酒に酔った父親に、暴力を振るわれそうになっていたのだ。
 その小さな身体で、父親を突き放すこともできずにいた。


「やめろっ」


 その時、考えるよりも先に身体が動いていた。
 私は弟を守ろうと飛び出し、父の前に立ちはだかった。


「あ、ああ……ご立派になられて……」

「っ……」


 恐怖に顔を引き攣らせ、無様にひれ伏す父。
 もう、私の家族ではなかった。

 ……いや、初めからそうだったのだ。

 けれど、弟ロミオは違った。
 父を守るように立ち、震えながらも気丈に私に立ち向かっていた。
 歪んでいても、そこには確かに「愛」があった。

 私は弟に言った。
 何かあったら教会に逃げ込め、と。
 教師にも話を通した。
 だが、ロミオが教会に来ることはなかった。

 教師が心配して見に行くと、親子で仲睦まじく買い物をしていたらしい。
 酒さえなければ、彼らは「普通の親子」だったのだ。

(ロミオには、幸せになってほしい……)

 しかし、リヴィエール公爵夫妻に、弟まで救ってほしいと願うことはできなかった。
 自分を救ってもらっているのに、さらに望むなんて――。

 だが、その答えは思わぬところにあった。

 わがまま放題のルキナを見て、気づいてしまったのだ。

(この子が、ロミオを助けたいと言ってくれたら……)

 きっと、公爵夫妻は許してくれる。
 そんなやましい希望を胸に、私はルキナを遠乗りに誘った。
 彼女をロミオのよくいる小屋へと導く――。

 それが、すべての始まりだった。













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