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26 幸せの噂
しおりを挟むロミオの使っていた部屋は、いつのまにか客間に戻っていた。
彼の私物は、すでにフルニエ男爵家へ送られたのかもしれない。
(そういえば、ロミオからの誕生日プレゼントは、なんだったのかしら……?)
私は毎年、ロミオには高価な品を贈っていた。
私の交友関係は高位貴族が多く、贈り物もそれに見合うものを選ばざるを得なかった。
けれど――ロミオが本当に欲しかったのは、そんなお金で解決できるものではなかったのかもしれない。
(愛情のこもった、手作りのパン……とかね)
揚げパンを美味しそうに頬張るロミオの姿が脳裏に浮かび、思わず自嘲気味に笑った。
ロミオが私に渡そうとしていたものは、結局もうわからない。
毎年恒例だったプレゼント交換も、これで終わり。
そのことが、ほんの少しだけ寂しかった。
それから数日後。
ジークレイン様と、初めて「婚約者として」のお出かけをした。
王都の喧騒を離れ、緑に囲まれた庭園を並んで歩く。
穏やかな時間だ。
ふと、兄様が足を止める。
そして、懐から小さな箱を取り出した。
「ルキナ、渡すのが遅くなってごめんね」
「……これは?」
「誕生日プレゼント」
思わず目を瞬かせた。
兄様からの誕生日プレゼントは、すでにもらっていたからだ。
「これは、婚約者としての贈り物だよ」
「っ……そんなことって……」
プレゼント交換は、ロミオとの恒例行事だった。
それが途絶えたことに寂しさを覚えていた矢先――兄様の言葉が胸に響く。
「私がいるのに、どうしてプレゼント交換がなくなると思ったの?」
「あっ……」
「これからは、私に贈らせてほしい」
これまでも兄として、誕生日に贈り物をもらったことはある。
けれど、差し出された小箱には、今までとはまったく違う想いが込められていた。
「ルキナ、誕生日おめでとう」
そう言って渡されたのは、紫水晶をあしらった髪飾りだった。
光を受けて淡い紫がきらめき、私の金髪に映える姿が容易に想像できる。
「兄様……これって……」
「ジーク、でしょ?」
ジークレイン様は穏やかな笑みを浮かべ、私の髪にそっと手を伸ばした。
指先は驚くほど丁寧で、髪を一房すくい上げる仕草には、宝石に触れる以上の慎重さがあった。
「やっぱり、似合う。……綺麗だ」
髪飾りが留められると、ジークレイン様の瞳がふと細められた。
まるで自分の色を宿した私の姿を、確かめるように――誇らしげに。
その眼差しに、胸が熱くなる。
きっと兄様は、私をただ飾り立てたいのではなく、この先もっと美しく、もっと誇れる存在に育てていきたいのだろう。
最高のレディへと成長させることが、自分の役目だと信じて。
そう願いながら、行動しているのだ。
(私がいつも、自分とブリトニーと比較して、悲観してばかりいたから……)
庭園を歩く間も、ジークレイン様は変わらず私を大切に扱ってくれた。
段差では必ず手を差し伸べ、陽射しが強ければ自らの影で庇い、会話の合間には私の歩調に合わせて速度を落とす。
そのひとつひとつの仕草が、胸の奥に深く刻み込まれていく。
「ごらんになって? ジークレイン様よ」
ふと、すれ違う人々の視線を感じた。
そして、抑えきれない囁き声が耳に届く。
「あんなジークレイン様、初めて見るわ……」
「普段は冷静な方なのに……あんな眼差しで女性を見るなんて」
「きっと、ずっとルキナ様を想っていらしたのね。だからこれまで、婚約者がいなかったんだわ!」
「弟君に譲るために、自分の恋心を押し殺して……。今やっと想いが叶ったのね」
「ずっとジークレイン様のファンだったけど、あんな顔を見せられたら、応援するしかないじゃないっ!」
耳に届くその囁きに、頬が熱くなる。
けれどジークレイン様は、人々の声を気にする様子もなく、ただ私の手を包み込み、愛おしそうに微笑んでいた。
その微笑みに触れるだけで、胸の奥の不安や寂しさがすべて消えていく。
私は、誰よりも優しいこの人のそばにいたい――。
心からそう思った。
その日を境に、王都にはある噂が広まった。
ジークレイン様が、ずっと私を想っていたこと。
弟の幸せのために、長く独身を貫いていたこと。
幸せを感じ始めたばかりの私は、知らなかった。
やがて広まる噂が、ロミオの心を大きく揺さぶることになることを――。
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