初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん

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27 最終試験 《ロミオside》

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 リヴィエール公爵家を継ぐルキナ様の婚約者に相応しいかどうかを判断される、最終試験が行われた。

 期間は、おおよそ一週間。
 領地の仕組みや歴史、税や商会との取引、人々の暮らしに至るまで、事細かに問われる。

 これまで度々、領地に足を運び、執務や現場の視察を積み重ねてきた僕にとって、決して楽ではなかったけど、不可能な試験ではなかった。

(ここまで来たんだ……。絶対に合格してみせる)

 領民たちの顔や、子どもたちの笑顔が頭に浮かぶ。
 彼らの暮らしを守りたい。
 そう思うと、不思議と力が湧いた。


 そして、迎えた五日目の朝。


 大広間には、数多くの試験官たちが並んでいた。
 皆、領地の重役や学識ある者ばかりだ。
 普段から表情の硬い彼らが一斉に視線を向けてくるだけで、喉がカラカラに渇く。


「ロミオ殿、これより最終確認を行います」


 試験官長の声が響き、僕は深く頭を下げた。
 そして、次々と出される問いに答えていく。


「では――この冬の収穫が半減した場合、領地財政をどう切り抜ける?」

「商会との取り決めにおいて、契約違反があった場合の罰則は?」

「治安維持のための兵士の数を増やしたい場合、必要な予算と調達先は?」


 一問ごとに、背に冷たい汗が伝った。
 だが、書物で学んだこと、領民から聞いた声、実際に足で確かめた記憶が、自然と口をついて出てくる。


「……以上です」


 沈黙が落ちる。
 試験官たちが顔を見合わせ、頷き合った。
 やがて、試験官長が口を開いた。


「本日をもって、試験を終了いたします。ロミオ殿――これからも、リヴィエール公爵領民のために共に働きましょう」

「っ……!」


 胸が一気に熱くなる。
 長く緊張で張りつめていた糸が、ようやく解けた気がした。


「っ、ありがとうございます!」


 その瞬間、大きな拍手が巻き起こった。
 普段は気難しい表情を崩さない試験官たちも、今ばかりは笑みを浮かべ、皆が祝福してくれた。


「若輩者ですが、今後ともよろしくお願いいたします」

「心配いりませんよ」

「我々が、ロミオ殿をお支えしていきますぞ!」


 震える声で言う僕に、彼らは口々に声をかけてくれる。
 その温かさに、思わず目頭が熱くなった。
 領地も持たない貧乏男爵家の身からここまで来られたのは、決して僕ひとりの力ではない。
 ルキナ様をはじめ、支えてくれた人々がいたからこそだ。

(合格できたんだ……。僕は、ルキナ様の隣に立つ資格を、ようやく……!)

 この感動を、すぐにでも伝えたいと思った。
 けれど、残り二日は自由行動。
 久方ぶりに肩の荷が下りた僕は、少しだけ羽を伸ばしたくなっていた。


「ロミオ殿。ついでと言ってはなんですが、東のユルシス地区の狩猟小屋を見てきていただけはしませんか? 長年放置されているところが多いので、荒らされていないか、確認をお願いします」

「いいですよ」


 試験官長の頼みに、僕は軽く返事をした。

 ユルシス地区の狩猟小屋のひとつは、僕にとって忘れられない思い出の地――。
 ブリトニーと過ごした場所であり、ルキナ様と出逢った場所が含まれている。


「ひさびさに、寄ってみるか」

「……先に、ルキナ様に試験の合否をご報告されてはいかがですか?」


 いつも僕の意思を尊重してくれる護衛のブラッドが、珍しく口を挟んだ。
 驚いて顔を向けると、彼は静かに目を伏せる。


「出発前、ルキナ様がご心配されていました。お嬢様を安心させてからでも、休暇は遅くはないかと」


 確かに、その通りだ。
 領地へ赴く僕を見送るとき、ルキナ様はほんの少し不安そうにしていた。
 だが僕は――。


「いや。向こうに戻れば、僕はルキナ様の正式な婚約者として気を抜けなくなるし、もっと忙しくなる。その前に、少しだけ自由を満喫したい」

「……畏まりました。お供致します」


 忠実な護衛のブラッドが頭を下げた。
 それから僕は、リヴィエール公爵閣下がつけてくださった護衛たちと共に馬に乗り、思い出の小屋へと向かった。







「懐かしいな……」


 記憶の中よりずっと古びた小屋が目の前に現れ、僕は思わずつぶやく。
 壁板は剥がれかけ、雨でも降れば一瞬で崩れそうだ。

(いっときでもこんなところに住んでいたなんて……)

 今やリヴィエール公爵邸での優雅な暮らしに慣れた身には、信じられない。


「中を確認しよう」


 そして馬から降りた瞬間、ギィ、と軋む音を立てて扉が開いた。
 桃色の髪の少女が姿を現し、僕は息を呑む。


「ロミオッ!」


 小屋から駆け出してきたのは、成長したブリトニーだった。


「ブリトニー!? どうしてここに……」

「ロミオとのことを思い出して、たまに来てたの。まさか本当に会えるなんて思わなかったわ! 奇跡じゃない!?」


 弾けるような笑顔に、胸が締めつけられる。

(……僕が好きなのは、ルキナ様なのに)

 あの方は、僕にとって女神だ。
 優雅で、強くて、心の底から尊敬できる唯一の人。
 その気持ちに嘘はない。
 むしろ、日を追うごとに愛情は深まっている。

 けれど――。

 ブリトニーのことは、決して嫌いになって別れたわけではなかった。
 幼かったせいもあり、想いを伝えられないまま途切れてしまった関係。

 だからなのか、こうして再び目の前に現れた彼女に、どうしても心が揺らいでしまう。
 失われたはずの初恋の残り火が、胸の奥でかすかに燻っていた。














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