35 / 50
33 女としての誇り 《ブリトニーside》
しおりを挟むルキナ様が指定した場所は、かつて私とロミオが遊び場にしていた狩猟小屋だった。
子供の頃は秘密基地のように思えて胸が躍ったけれど、今ではただのボロ小屋。
貴族の仲間入りを果たした私にとっては、とうに色褪せた記憶でしかない。
「いくら人目を避けるためとはいえ、よりによってこんな場所だなんて……。普通は高級宿を取るものじゃない?」
ルキナ様くらいのお金持ちなら、スイートルームを用意してくれると思ったのに――がっかりだ。
だって、私はこの後、処女を捨てるつもりなのだから。
ペレアス様は「婚約者は純潔であるべき」という古典的な価値観を強く持っている。
そのため、私が純潔を失えば、恥さらしとしか思わないだろう。
(処女がどうのこうのって、世間の令嬢は大騒ぎするけど……)
もちろん、私だって純潔の価値くらい知っている。
けれど、それは“凡庸な令嬢”にとっての話。
私に限っては、例外。
もし私を“傷物”と評する者がいたとしても、それを承知で娶りたいと願う、審美眼を持つ男性はいるはずだ。
――そう、本気で信じていた。
(アタシは特別。ロミオにだって、きっと忘れられない一夜になるわ)
ペレアス様に諦めてもらうため、私はこれまで何人もの令息に一夜の関係を持ちかけてきた。
けれど、最後まで応じてくれた者は一人もいない。
いざとなれば、皆「ごめん」と謝り、逃げるように立ち去ってしまったのだ。
私の体を見ておいて、結局は腑抜けばかり。
「一線を越えたら、責任を取れって言われると思ったのね……。そんなこと、言うわけないのに」
鏡に映る化粧を施した顔だけを確認し、ふくらんだお腹を見ないようにして、私は自分を納得させる。
今日こそは――。
その決意を胸に、私は自分を奮い立たせた。
「でも、ロミオなら大丈夫。アタシの涙に弱いの、知ってるもの」
彼に会っても、あえて話さずに気を引き続けた。
それが今、少し楽しく会話をすれば、きっと昔を思い出して、私を恋しく思うはず。
あんなに可憐なルキナ様がいても、ロミオは遠くから私を見ているのだから。
(ロミオなら、ほんの少し押せばいい)
そう確信して誘惑し、そして――彼は期待通りに応じてくれた。
ルキナ様を大切にしている彼なら、今日のことを誰にも口外するはずがない。
その秘密を盾に、私はペレアス様に婚約を諦めてもらうつもりだった。
けれど、事態は想像よりもはるかに最悪の方向へ転がっていった。
すでに私の家族は、ペレアス様との婚約を受け入れていたのだ。
今さら「処女を失った」と告げても、慰謝料を請求されるだけ。
結局、私は渋々ペレアス様を受け入れるしかなかった。
でも、その後すぐに、噂が貴族社会を駆け巡った。
――私が複数の令息に関係を迫ったという、最悪の噂が……。
「俺は無理だった」
「だよな。わかる」
「思い返せば、一線を越えなくて正解だったな」
「ほんとほんと」
令息たちが交わした軽薄な会話は、あっという間にペレアス様の耳へ届く。
――ブリトニーはアバズレだ、と。
その日、烈火のごとく怒り狂ったペレアス様は、私と真正面からぶつかった。
途端でロミオが飛び出してきたけど、ペレアス様に蹴り倒されて終わった。
そのせいで、ペレアス様は私の処女を散らしたのはロミオだと、なんとなく察しているようだったけど、特に追求はして来なかった。
「なにか勘違いしているようだから、ハッキリ言ってやる。俺だって、お前みたいなブスはお呼びじゃないんだよ」
「っ……はあ!? 誰がブスですって!? あれだけ私に言い寄っておきながら、今さら興味がないだなんて、通じると思ってるの!?」
「馬鹿か。俺の狙いは、お前の身体じゃない。お前の実家が経営するパン屋の利益だ」
「……っ、なんですって……」
ペレアス様はうんざりしたように髪をかき上げ、葉巻を咥える。
ゆっくりと煙を吐き、こちらを見据えるその視線は、もう取り繕う必要もないとばかりに冷たいものだった。
「お前の兄が男だったから、代わりにお前に近づいただけだ。要は誰でもよかったんだよ」
「……嘘よ、信じられない……」
「そうやって、勝手に勘違いしてろ? 先に言っておく。俺がお前を抱くことは一生ない」
結局――私が誰と一線を越えようと関係なく、ペレアス様との婚姻は強いられた。
半年も経たぬうちに、私は彼の「お飾りの妻」となっていた。
彼の言う通り、狙いはただ、我が家が経営する揚げパンで有名なパン屋の利益――それだけ。
最初から、私という人間そのものに興味などなかったのだ。
「なんて、屈辱なの……」
ペレアス様はほとんど家には帰ってこない。
未亡人たちと好色に耽り、私の存在はただの形式。
女としての誇りなど、あっけなく踏みにじられていった。
1,373
あなたにおすすめの小説
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる
きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。
穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。
——あの日までは。
突如として王都を揺るがした
「王太子サフィル、重傷」の報せ。
駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる