初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん

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33 女としての誇り 《ブリトニーside》




 ルキナ様が指定した場所は、かつて私とロミオが遊び場にしていた狩猟小屋だった。
 子供の頃は秘密基地のように思えて胸が躍ったけれど、今ではただのボロ小屋。
 貴族の仲間入りを果たした私にとっては、とうに色褪せた記憶でしかない。


「いくら人目を避けるためとはいえ、よりによってこんな場所だなんて……。普通は高級宿を取るものじゃない?」


 ルキナ様くらいのお金持ちなら、スイートルームを用意してくれると思ったのに――がっかりだ。
 だって、私はこの後、処女を捨てるつもりなのだから。

 ペレアス様は「婚約者は純潔であるべき」という古典的な価値観を強く持っている。
 そのため、私が純潔を失えば、恥さらしとしか思わないだろう。

(処女がどうのこうのって、世間の令嬢は大騒ぎするけど……)

 もちろん、私だって純潔の価値くらい知っている。
 けれど、それは“凡庸な令嬢”にとっての話。
 私に限っては、例外。

 もし私を“傷物”と評する者がいたとしても、それを承知で娶りたいと願う、審美眼を持つ男性はいるはずだ。

 ――そう、本気で信じていた。

(アタシは特別。ロミオにだって、きっと忘れられない一夜になるわ)

 ペレアス様に諦めてもらうため、私はこれまで何人もの令息に一夜の関係を持ちかけてきた。
 けれど、最後まで応じてくれた者は一人もいない。
 いざとなれば、皆「ごめん」と謝り、逃げるように立ち去ってしまったのだ。
 私の体を見ておいて、結局は腑抜けばかり。


「一線を越えたら、責任を取れって言われると思ったのね……。そんなこと、言うわけないのに」


 鏡に映る化粧を施した顔だけを確認し、ふくらんだお腹を見ないようにして、私は自分を納得させる。

 今日こそは――。
 その決意を胸に、私は自分を奮い立たせた。


「でも、ロミオなら大丈夫。アタシの涙に弱いの、知ってるもの」


 彼に会っても、あえて話さずに気を引き続けた。
 それが今、少し楽しく会話をすれば、きっと昔を思い出して、私を恋しく思うはず。
 あんなに可憐なルキナ様がいても、ロミオは遠くから私を見ているのだから。

(ロミオなら、ほんの少し押せばいい)

 そう確信して誘惑し、そして――彼は期待通りに応じてくれた。
 ルキナ様を大切にしている彼なら、今日のことを誰にも口外するはずがない。
 その秘密を盾に、私はペレアス様に婚約を諦めてもらうつもりだった。


 けれど、事態は想像よりもはるかに最悪の方向へ転がっていった。


 すでに私の家族は、ペレアス様との婚約を受け入れていたのだ。
 今さら「処女を失った」と告げても、慰謝料を請求されるだけ。
 結局、私は渋々ペレアス様を受け入れるしかなかった。


 でも、その後すぐに、噂が貴族社会を駆け巡った。
 ――私が複数の令息に関係を迫ったという、最悪の噂が……。


「俺は無理だった」

「だよな。わかる」

「思い返せば、一線を越えなくて正解だったな」

「ほんとほんと」


 令息たちが交わした軽薄な会話は、あっという間にペレアス様の耳へ届く。

 ――ブリトニーはアバズレだ、と。

 その日、烈火のごとく怒り狂ったペレアス様は、私と真正面からぶつかった。

 途端でロミオが飛び出してきたけど、ペレアス様に蹴り倒されて終わった。

 そのせいで、ペレアス様は私の処女を散らしたのはロミオだと、なんとなく察しているようだったけど、特に追求はして来なかった。


「なにか勘違いしているようだから、ハッキリ言ってやる。俺だって、お前みたいなブスはお呼びじゃないんだよ」

「っ……はあ!? 誰がブスですって!? あれだけ私に言い寄っておきながら、今さら興味がないだなんて、通じると思ってるの!?」

「馬鹿か。俺の狙いは、お前の身体じゃない。お前の実家が経営するパン屋の利益だ」

「……っ、なんですって……」


 ペレアス様はうんざりしたように髪をかき上げ、葉巻を咥える。
 ゆっくりと煙を吐き、こちらを見据えるその視線は、もう取り繕う必要もないとばかりに冷たいものだった。


「お前の兄が男だったから、代わりにお前に近づいただけだ。要は誰でもよかったんだよ」

「……嘘よ、信じられない……」

「そうやって、勝手に勘違いしてろ? 先に言っておく。俺がお前を抱くことは一生ない」


 結局――私が誰と一線を越えようと関係なく、ペレアス様との婚姻は強いられた。

 半年も経たぬうちに、私は彼の「お飾りの妻」となっていた。

 彼の言う通り、狙いはただ、我が家が経営する揚げパンで有名なパン屋の利益――それだけ。
 最初から、私という人間そのものに興味などなかったのだ。


「なんて、屈辱なの……」


 ペレアス様はほとんど家には帰ってこない。
 未亡人たちと好色に耽り、私の存在はただの形式。
 女としての誇りなど、あっけなく踏みにじられていった。



















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