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34 理解できない現実 《ブリトニーside》
――そして、婚姻して一週間も経たぬある日。
「おい!! 店が大変なことになってるぞ!!」
荒々しい怒声とともに、私はペレアス様に腕を乱暴に引きずられ、実家へと足を運ばされた。
かつては長蛇の列ができ、活気に満ちていた店先。
その光景は、もはや跡形もなく――今では客足もまばらで、閑散とした寂しさだけが漂っていた。
「なにこれ、どういうこと……?」
店先に置かれていた大人気の『揚げパン』は、どこにも見当たらない。
嫌な予感に、背筋が凍りついた。
「まさか! リヴィエール公爵家が、報復を……?」
ロミオと関係を持った私に怒り、店を潰したのか。
悪評を流したのか。
リヴィエール公爵家には、それだけのことをできる権力があることを思い出し、震えが走る。
けれど、実家からの仕送りがなければ、私は生きていけない。
居ても立ってもいられず、私はアポも取らずにリヴィエール公爵家へ向かった。
「ちょっと! ルキナ様を出しなさいよ!」
でも、門は固く閉ざされたまま。
屈強な門番たちは、私を見下ろして一歩も動かない。
「ルキナ様に会わせて!」
「お引き取りを」
「どうして!? アタシはルキナ様の友達よ!」
「お嬢様のお知り合いに、非常識な方はおりません」
「っ、こっちは緊急事態なのよっ!」
どれだけ訴えても、返ってくるのは機械のように冷たい言葉だけ。
苛立ちが募り、思わず叫んだ。
「ロミオがアタシに夢中だからって、嫉妬してパン屋を潰そうとするなんて、最低よっ!! この、ひとでなしっ!! 絶対に許さないっ!!」
「――そこまで」
低くも澄んだ声が響き、周囲のざわめきがすっと収まった。
振り返った私は、思わず息を呑む。
「ジ、ジークレイン様……!」
馬車から降り立ったのは、憧れ続けたジークレイン様だった。
真昼の太陽のように眩しい微笑みを浮かべ、私に向かって手を差し伸べてくださる。
「ブリトニー。君の話を、聞かせてほしい」
涙が溢れそうになる。
(こんなことってある!? アタシの王子様が、迎えにきてくれたわっ!)
私は歓喜に震える両手で、その手を取った。
「何があったの?」
その声音は驚くほど優しく、慈愛に満ちていた。
お姫様のように扱われ、守られている――そう錯覚するほどに。
「はい……! ロミオがアタシを好きになったせいで、誤解が……!」
「ここでは人目がある。……さあ、こちらへ」
ジークレイン様は、私を丁寧にエスコートし、馬車へと導いた。
夢みたいだった。
幼い頃から憧れた人に手を取られ、共に馬車に乗るなんて。
私の話に相槌を打ち、ジークレイン様は真剣に話を聞いてくださった。
――けれど。
「到着しました」
馬車の扉が開かれ、目の前に現れたのは石造りの重厚な建物。
衛兵たちが待ち構え、私を取り囲んだ。
「えっ……? ちょっと、どういうこと……?」
困惑する私を、ジークレイン様はやはり優しい笑みのまま見つめていた。
「心配はいらない。君の話は、ここでじっくりと聞いてくれるよ」
――まるで、甘く包み込むように。
けれどその実、逃げ場のない冷酷な牢獄へと突き落とす言葉だった。
「ッ、そ、そん、な……」
サァッと血の気が引く。
問答無用で詰所に連れて行かれ、私は被害者のはずなのに、逮捕されてしまった。
高位貴族を侮辱した罪で、罰金刑がくだされた。
その額、なんと金貨五十枚。
「この国の次期宰相が、自分のために権力を使うだなんて……こんなの、めちゃくちゃよ……」
初恋の王子様に、犯罪者として警察に突き出されたことがあまりにショックで、頭がおかしくなりそうだった。
事情聴取が終わった、三日後。
とぼとぼと歩いて帰宅した私を迎えたのは、兄妹たちからの冷たい視線だった。
事情を説明しても、誰も私の味方にはなってくれない。
「恩を仇で返しやがって……」
「少しは反省して、罰金は自分で働いて返してね」
疲れ切った私にかけられる冷たい言葉の数々。
(なんでアタシばっかり、こんな辛い目に遭わなきゃいけないの……?)
悔しくて涙を流すと、一番年下の弟も泣き出した。
「……僕、こんな人がお姉ちゃんだなんて、恥ずかしいよぉ」
「っ、」
「ごめんね、私たちがきちんと育ててあげられなかったから……。ブリトニーがこんなふうに育ってしまったのは、私たち親の責任だわ」
泣きながら謝る母親が、弟妹たちと抱き合う。
「なによ! 辛いのはアタシの方なのに!! なんでみんなして、アタシをいじめるのっ!?」
これまで黙っていたザックが、重いため息を吐く。
「そもそも、お前は勘違いをしている。お前の身勝手な行動で、ルキナ様の婚約を滅茶苦茶にした責任を取るために、俺たちから砂糖の取引を辞退したんだ」
「………………は? 辞退って、なに?」
淡々とそう告げたのは、パン屋を継いだ兄――ザックだった。
「それってつまり……」
「うちの看板商品は、もう二度と作れない」
平然と答える兄の横顔に、私は言葉を失った。
遠方からも客が押し寄せていた名店は栄光を失い、かつてのように近所の人々にだけ支えられる小さな町のパン屋へと逆戻りしたのだ。
「なんで……? なんでそんな馬鹿なことをしたの?」
私の言葉が聞こえてるはずなのに、家族は誰も返事をせず、ザックはこちらを見ようともしない。
(馬鹿みたいに、毎日パンばかり焼いていたのに――)
私には到底理解できない情熱を、あんなにも注ぎ込んでいたはずなのに……。
今、ザックの瞳には、その光が跡形もなく消え失せていた。
私はザックのしたことが、一生理解できなかった。
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★感想いただきまして、さすがにちょっと可哀想かなと最後の35話、文を少し付けたしました。私めの表現の力不足でした…それでも読んで下さいまして嬉しいです。