初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん

文字の大きさ
40 / 50

38 対象外




「マダム・ド・ヴェルネには、これからもその才能を生かし、多くの令嬢たちを楽しませていただきたい。そのために、私も尽力するつもりです」


 ジークレイン様が穏やかに結ぶと、周囲は感嘆の溜息で包まれた。
 けれどその輪の中に、カリスタ王女だけは入れない。
 彼女のこめかみに浮かんだ汗と、固く噛み締められた唇が、なにより雄弁に物語っていた。


「彼女が手掛ける品のあるドレスは、私も好ましく思っていますから」


 静かに言い添えると、ジークレイン様は私の肩を抱いたまま、さらに声を落とした。


「ただ、個人的な好みを言えば……露出の少ない装いの方が安心なんだ。大切な人が、不埒な視線を浴びるのは耐えられないからね」

「っ……」


 そう言って、紫水晶のような瞳に見つめられる。

(そ、それって……私のこと……?)

 ジークレイン様の言う大切な人が自分だと認識した途端に、胸の奥に熱が広がる。
 そしてその言葉を耳ざとく拾った令嬢たちは、顔を紅潮させ、口々に囁いた。


「あの上品なドレスは、ジークレイン様のお好みだったのね」

「なるほど……確かに、落ち着いていて素敵だわ」


 令嬢たちのさざめきが、カリスタ王女へ突き刺さる。
 胸元を強調した派手なドレスを誇っていた彼女にとって、それは「恋愛対象外」と告げられたも同然だった。


「……気分が優れませんので、失礼いたしますわ!」


 羞恥と怒りで真っ赤になった王女殿下は、憎悪を隠そうともせず、ジークレイン様を睨みつけて会場を後にした。



 ◇ ◇ ◇  



 私は新しいドレスに着替えるため、一度退出する。
 本来なら帰宅してもよかったのだけれど、まだ涙を流すクセニア様のためにも、この場に残ることを選んだ。


「なんて美しいレースなのかしら」


 袖を通したドレスはやはり洗練され、会場に戻ればたちまち令嬢たちに囲まれる。
 王女が去った後の会場は、マダム・ド・ヴェルネのドレスの話題で持ちきりだった。
 おそらく翌日には、新聞の一面を飾るに違いない。
 その一方で、カリスタ王女が最新のドレスを纏う機会は、事実上失われたも同然だった。

(でも……あの目)

 ジークレイン様を忌々しげに睨みつけていた王女の姿を思い出す。
 これまで私を標的としてきた彼女の憎悪が、今やジークレイン様に向けられたのではないか――そう思えてならなかった。

(そして……それは、ジークレイン様があえてそうなるように仕向けた?)

 自らを嫌われ役にしてでも、私を守ろうとしたのではないか。
 彼ははっきりとは言わないけれど、私にはそう思えた。


「すまない。私はまだ仕事が残っているから、ルキナをお願いできるだろうか」

「はいっ! 喜んでっ!」


 ニコレットが真っ先に声を上げる。
 安心して去ろうとするその背に、声をかけた。


「ジーク様……彼女は、大丈夫でしょうか?」


 カリスタ王女が、このまま大人しく引き下がるとは思えない。
 報復を恐れて問いかければ、ジークレイン様は柔らかく微笑んだ。


「大丈夫。私に任せて。ルキナは心配しなくていいよ」

「っ、でも……」


 言葉の続きを、愛おしげに頬へ触れられて塞がれる。
 息のかかるほどの距離で見つめられては、それ以上は何も言えなかった。


「……あんなの、反則よ」

「「「~~~~ッ!!!!」」」


 帰りの馬車の中は、ニコレットたちの黄色い声でいっぱいだった。


「先ほどの……見ました!?」

「ええ、しっかりと!!」

「ルキナ様が、黙らされましたわ!!」

「やだ、眼福っ!!」


 興奮冷めやらぬ彼女たちは、何度も場面を再現しようと盛り上がる。
 ニコレットがジークレイン様の真似をしてアヴェリン様の頬へ手を伸ばす。
 全然似ていない仕草が逆に面白くて、笑い声が絶えなかった。

 ドレスのシミは最後まで消えなかったけれど、クセニア様との距離は少し縮まったように思う。
 悪いことばかりではなかった夜――そう思えた。


 そして邸に戻ると、母様が出迎えてくれた。


「兄様がマダム・ド・ヴェルネのモデルに選ばれていたなんて、知りませんでした」


 今日の出来事を話すと、母様は楽しげに目を細める。


「ふふっ。彼女にジークを紹介したのは、わたくしよ?」

「……ええっ!?」


 思わず声を上げる。
 けれど母様は、リトリナ王国の元王女だ。
 デザイナーと顔見知りであっても不思議ではない。


「ジークがね、ルキナのために世界で一番素敵なウェディングドレスを仕立てたいと言うから、マダム・ド・ヴェルネを紹介したの」

「っ……」


 知らなかった事実を知り、私は息を呑む。
 胸が熱くなり、目頭まで潤んでしまう。
 彼が密かに用意していたのは、世界にひとつだけの私のためのウェディングドレス――。


「それでスカウトされたわけだけれど……あの子なら、わたくしが間に入らずとも、マダムの目に留まったでしょうね。……あら、余計なことを話してしまったかしら?」


 優しく頭を撫でてくれる母様の言葉に頷きながらも、心は喜びでいっぱいだった。
 次に会ったら、きちんとお礼を伝えたい。


「ふふっ。ジークったら、ルキナの前では格好つけてばかりなのね」


 母様が楽しげに笑う。
 私はただ、彼のことを思い浮かべる。

(早く……ジーク様に会いたい)

 けれどその夜。
 父様もジークレイン様も、邸に戻ることはなかった――。


















感想 121

あなたにおすすめの小説

ローザリンデの第二の人生

梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。 彼には今はもういない想い人がいた。 私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。 けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。 あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。 吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。 ※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。) 1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。 3/31 【第十九回恋愛小説大賞にて、奨励賞をいただきました!】

「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚

きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」 新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。 それもそのはず。 2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。 でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。 美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。 だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。 どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。 すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?  焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください

まさき
恋愛
「別れてください」 笑顔で、声を震わせずに、澄花はそう言った。 三年間、夫の隣に立ち続けた。残業続きの夫を待ち、不満を飲み込み、完璧な妻を演じた。幼なじみの麗奈が現れるまでは、それが愛だと信じていた。 嫉妬も、怒りも、とうに泣き尽くしていた。残ったのは、静かな決意だけだった。 離婚届を差し出した翌朝、夫・誠は初めて泣いた。 ――遅すぎる。三年分、遅すぎる。 幼なじみに夫を奪われかけた妻が、すべてを手放す覚悟をしたとき、夫はようやく目を覚ます。泣き終わった女の強さと、取り戻せないものの重さを描く、夫婦の崩壊と再生の物語。

お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです

・めぐめぐ・
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。 さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。 しかしナディアは全く気にしていなかった。 何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから―― 偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。 ※頭からっぽで ※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。 ※夫婦仲は良いです ※私がイメージするサバ女子です(笑) ※第18回恋愛小説大賞で奨励賞頂きました! 応援いただいた皆さま、お読みいただいた皆さま、ありがとうございました♪

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。