41 / 50
39 失われた髪と、職
「その髪……」
翌日、帰宅したジークレイン様の姿を見て、私は言葉を失った。
さらさらと流れていた長い銀色の髪が、短くなっていたのだ。
「とっても似合ってるわ、ジーク」
「ありがとうございます」
母様が真っ先に褒め、使用人たちも口々に新しい姿を称賛する。
少し長めに残した襟足へ手をやるジークレイン様は、どこか照れているようだった。
確かに短髪も、ものすごく似合っていて格好いい。
けれど――私の胸に広がったのは、喜びよりも戸惑いの方だった。
(このタイミングで髪を切って帰ってくるだなんて……王宮で、なにかがあったとしか思えないわ)
カリスタ王女が騒動の元凶だったとしても、彼女は王族だ。
第二王女に恥をかかせた責任を、ジークレイン様が取らされたのかもしれない。
「やっぱり、昨日……私を庇ったせいですね」
「そんなことないよ。ルキナのせいじゃない。もともと、切ろうと思っていたんだけど、ちょうどその時が来ただけさ」
軽やかに言い切るジークレイン様は、むしろ晴れやかに見えた。
けれど私の心は重く、罪悪感に押し潰されそうだった。
「ルキナは、前の髪型の方が好きだった?」
私の顔を覗き込むジークレイン様が、へにょりと眉を下げる。
私は彼の悲しむ顔には弱いのだ。
「もうっ、そんな顔をして…………どちらも素敵に決まっていますわっ!!」
「ふっ、よかった」
投げやり気味に言った言葉に、ジークレイン様は屈託なく笑う。
その笑みに、不覚にも胸がきゅんと高鳴った。
それから部屋まで送ってもらい、ふたりきりになった時。
私は意を決して、王宮で何があったのかを尋ねた。
「実は、宰相補佐の仕事も……辞職することにしたんだ」
「っ、」
一夜にして、そんな重大な決断が下されていたなんて。
私は息を呑み、声を失った。
(やっぱり……カリスタ王女殿下が、国王陛下に泣きついたんだわ)
「……辞めさせられたのね」
「違う。私が自ら、辞めることを決断したんだ。私は、宰相になりたかったわけじゃないからね」
「……そんなの、信じられないわ」
あれほど熱心に職務へ臨んでいた彼が、あっさりと手放すなんて。
私には、とても信じられなかった。
(私のせいだわ……私がもっとうまく対処できていたら……)
自責の念に駆られていると、ジークレイン様が静かに胸の内を語ってくれた。
「私は幼い頃、父様が迎えに来てくださったときに、父様に一目惚れしたんだ。出逢ったそのときから、ずっと父様に憧れていた。父様の力になりたかった。だからそばにいたくて、補佐の仕事をやりたいと立候補した。理由は本当に、ただそれだけなんだ」
「……父様に、一目惚れ?」
「そうだよ。私が髪を伸ばしていたのは、父様に似ていると言われることが嬉しかったから。だから、父様の大切な家族のことを守るためなら、私は髪を切ることも、職を辞することもできる。せっかく養子に迎えていただいたのだから、優秀な子でありたかった。私はただ、それだけしか考えていないんだ。――今も昔も……」
胸の内を聞き、ジークレイン様が髪や仕事に未練がないことは伝わってきた。
それでも私は気づいてしまう。
ジークレイン様が、今もなお私たちに「見捨てられる日」を恐れていることに――。
「私は、ルキナの婚約者になることを、生半可な覚悟で決断したわけじゃない。自分の全てを賭けてでも、ルキナを幸せにしたいと思ったんだ。だからルキナは、なにも心配しなくていい」
真剣な声音に、胸が熱くなる。
不器用なくらいに真面目で、先のことまで考えて、私と向き合ってくれている。
その想いが、どれほど私を安心させ、心強くしてくれることか。
ようやく私は、本当に愛され、大切にされているのだと、胸を張って言える気がした。
「嬉しい……。でも、これからは、なんでも話してほしいです。だって私たち、もうすぐ夫婦になるでしょう?」
「っ、」
私はジークレイン様の手を取り、微笑んだ。
「私に話したからと言って、なにかが変わるわけではないかもしれない。……何の力にもなれないかもしれない。でも、私はジーク様と一緒に考えたいの。一緒に悩んで、一緒に模索して、辛いことも、楽しいことも、共有したい……」
「ルキナ……」
ジークレイン様は長い沈黙ののち、深く息を吐いた。
「ごめんね、何も話さずに勝手に決めて……。何があっても、ルキナに迷惑をかけずに、完璧に対処すべきだと思っていた。それが、ルキナの伴侶になる者として、当然の対応だと……」
そこまで話したジークレイン様が目を伏せ、苦く微笑む。
「でも、ルキナの気持ちを無視していたことに、今気付いた。ごめんね……。これからは、ふたりで話し合っていこう」
そう言って笑った顔は、どこか子供のように無邪気で、私は胸が詰まった。
彼が背負ってきたものの重さを思うと、私のそばにいるときだけでも、もっと肩の力を抜いてほしいと、願わずにはいられなかった。
数日後の新聞には、ジークレイン様は、カリスタ王女殿下の寵愛を失い、宰相の道も絶たれた哀れな青年として報じられた。
けれど裏では――「愛する婚約者と共に、リヴィエール公爵家の領主としての務めに専念するため辞任した」とも書かれた。
高位貴族の間では後者を信じる声が強く、ジークレイン様の評判は損なわれなかった。
その後、カリスタ王女殿下からの接触もなく、私たちは無事に婚姻式を挙げ、名実ともに夫婦となった。
――けれど。
誰もが祝福したその婚姻の陰で、国王陛下の胸中に、ひそやかな不快感が渦巻いていたことを、私たちはまだ知らなかった。
それがやがて、「祝福」とは到底呼べない形で示されることになる。
あなたにおすすめの小説
ローザリンデの第二の人生
梨丸
恋愛
伯爵令嬢、ローザリンデの夫はいつも彼女より仕事を優先させ、彼女を無碍にしている。
彼には今はもういない想い人がいた。
私と結婚したことにいい思いをしていないことは知っていた。
けれど、私の命が懸かっていた時でさえも、彼の精神は変わらなかった。
あなたが愛してくれないのなら、私は勝手に幸せになります。
吹っ切れたローザリンデは自分自身の幸せのために動くことにした。
※投稿してから、誤字脱字などの修正やわかりにくい部分の補足をすることがあります。(話の筋は変わらないのでご安心ください。)
1/10 HOTランキング1位、小説、恋愛3位ありがとうございます。
3/31 【第十九回恋愛小説大賞にて、奨励賞をいただきました!】
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜
流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。
偶然にも居合わせてしまったのだ。
学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。
そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。
「君を女性として見ることが出来ない」
幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。
その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。
「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」
大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。
そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。
※
ゆるふわ設定です。
完結しました。
お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです
・めぐめぐ・
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。
さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。
しかしナディアは全く気にしていなかった。
何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから――
偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。
※頭からっぽで
※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。
※夫婦仲は良いです
※私がイメージするサバ女子です(笑)
※第18回恋愛小説大賞で奨励賞頂きました! 応援いただいた皆さま、お読みいただいた皆さま、ありがとうございました♪
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)