初恋を諦めたあなたが、幸せでありますように

ぽんちゃん

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39 失われた髪と、職




「その髪……」


 翌日、帰宅したジークレイン様の姿を見て、私は言葉を失った。
 さらさらと流れていた長い銀色の髪が、短くなっていたのだ。


「とっても似合ってるわ、ジーク」

「ありがとうございます」


 母様が真っ先に褒め、使用人たちも口々に新しい姿を称賛する。
 少し長めに残した襟足へ手をやるジークレイン様は、どこか照れているようだった。

 確かに短髪も、ものすごく似合っていて格好いい。
 けれど――私の胸に広がったのは、喜びよりも戸惑いの方だった。

(このタイミングで髪を切って帰ってくるだなんて……王宮で、なにかがあったとしか思えないわ)

 カリスタ王女が騒動の元凶だったとしても、彼女は王族だ。
 第二王女に恥をかかせた責任を、ジークレイン様が取らされたのかもしれない。


「やっぱり、昨日……私を庇ったせいですね」

「そんなことないよ。ルキナのせいじゃない。もともと、切ろうと思っていたんだけど、ちょうどその時が来ただけさ」


 軽やかに言い切るジークレイン様は、むしろ晴れやかに見えた。
 けれど私の心は重く、罪悪感に押し潰されそうだった。


「ルキナは、前の髪型の方が好きだった?」


 私の顔を覗き込むジークレイン様が、へにょりと眉を下げる。
 私は彼の悲しむ顔には弱いのだ。

 
「もうっ、そんな顔をして…………どちらも素敵に決まっていますわっ!!」

「ふっ、よかった」


 投げやり気味に言った言葉に、ジークレイン様は屈託なく笑う。
 その笑みに、不覚にも胸がきゅんと高鳴った。

 それから部屋まで送ってもらい、ふたりきりになった時。
 私は意を決して、王宮で何があったのかを尋ねた。


「実は、宰相補佐の仕事も……辞職することにしたんだ」

「っ、」


 一夜にして、そんな重大な決断が下されていたなんて。
 私は息を呑み、声を失った。

(やっぱり……カリスタ王女殿下が、国王陛下に泣きついたんだわ)


「……辞めさせられたのね」

「違う。私が自ら、辞めることを決断したんだ。私は、宰相になりたかったわけじゃないからね」

「……そんなの、信じられないわ」


 あれほど熱心に職務へ臨んでいた彼が、あっさりと手放すなんて。
 私には、とても信じられなかった。

(私のせいだわ……私がもっとうまく対処できていたら……)

 自責の念に駆られていると、ジークレイン様が静かに胸の内を語ってくれた。


「私は幼い頃、父様が迎えに来てくださったときに、父様に一目惚れしたんだ。出逢ったそのときから、ずっと父様に憧れていた。父様の力になりたかった。だからそばにいたくて、補佐の仕事をやりたいと立候補した。理由は本当に、ただそれだけなんだ」

「……父様に、一目惚れ?」

「そうだよ。私が髪を伸ばしていたのは、父様に似ていると言われることが嬉しかったから。だから、父様の大切な家族のことを守るためなら、私は髪を切ることも、職を辞することもできる。せっかく養子に迎えていただいたのだから、優秀な子でありたかった。私はただ、それだけしか考えていないんだ。――今も昔も……」


 胸の内を聞き、ジークレイン様が髪や仕事に未練がないことは伝わってきた。
 それでも私は気づいてしまう。
 ジークレイン様が、今もなお私たちに「見捨てられる日」を恐れていることに――。


「私は、ルキナの婚約者になることを、生半可な覚悟で決断したわけじゃない。自分の全てを賭けてでも、ルキナを幸せにしたいと思ったんだ。だからルキナは、なにも心配しなくていい」


 真剣な声音に、胸が熱くなる。
 不器用なくらいに真面目で、先のことまで考えて、私と向き合ってくれている。
 その想いが、どれほど私を安心させ、心強くしてくれることか。
 ようやく私は、本当に愛され、大切にされているのだと、胸を張って言える気がした。


「嬉しい……。でも、これからは、なんでも話してほしいです。だって私たち、もうすぐ夫婦になるでしょう?」

「っ、」


 私はジークレイン様の手を取り、微笑んだ。


「私に話したからと言って、なにかが変わるわけではないかもしれない。……何の力にもなれないかもしれない。でも、私はジーク様と一緒に考えたいの。一緒に悩んで、一緒に模索して、辛いことも、楽しいことも、共有したい……」

「ルキナ……」


 ジークレイン様は長い沈黙ののち、深く息を吐いた。


「ごめんね、何も話さずに勝手に決めて……。何があっても、ルキナに迷惑をかけずに、完璧に対処すべきだと思っていた。それが、ルキナの伴侶になる者として、当然の対応だと……」


 そこまで話したジークレイン様が目を伏せ、苦く微笑む。


「でも、ルキナの気持ちを無視していたことに、今気付いた。ごめんね……。これからは、ふたりで話し合っていこう」


 そう言って笑った顔は、どこか子供のように無邪気で、私は胸が詰まった。
 彼が背負ってきたものの重さを思うと、私のそばにいるときだけでも、もっと肩の力を抜いてほしいと、願わずにはいられなかった。





 数日後の新聞には、ジークレイン様は、カリスタ王女殿下の寵愛を失い、宰相の道も絶たれた哀れな青年として報じられた。
 けれど裏では――「愛する婚約者と共に、リヴィエール公爵家の領主としての務めに専念するため辞任した」とも書かれた。

 高位貴族の間では後者を信じる声が強く、ジークレイン様の評判は損なわれなかった。

 その後、カリスタ王女殿下からの接触もなく、私たちは無事に婚姻式を挙げ、名実ともに夫婦となった。

 ――けれど。

 誰もが祝福したその婚姻の陰で、国王陛下の胸中に、ひそやかな不快感が渦巻いていたことを、私たちはまだ知らなかった。
 それがやがて、「祝福」とは到底呼べない形で示されることになる。













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