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40 見捨てられた地
しおりを挟む新婚旅行から帰宅して間もなく、私たちは国王陛下からの呼び出しを受けた。
王宮に登城すると、謁見の間には威厳をたたえたサルニクス・ブノワ国王陛下が待ち受けていた。
「新婚早々、呼び出して悪かったな。まだ祝いを渡していなかったと思い出しての」
顎髭を撫でながら、陛下は悠然と笑う。
「カリスタとの一件では騒がせてしまったが……これからは互いに力を合わせ、より良き国を築いていきたいと思うておる。力を貸してくれるか?」
「はい。お力になれるよう、精一杯努めさせていただきます」
ジークレイン様は胸に手を当て、恭しく答えた。
「よい心がけだ。――そこで祝いの品として、王家直轄のネグレア領を授けようと思う」
「「っ……」」
にこやかに告げる陛下の言葉に、私とジークレイン様は息をのむ。
その瞬間、これが祝福などではなく、明らかな嫌がらせであると悟った。
(ネグレア領……。食物が育たず、利のない土地。別名『見捨てられた地』と呼ばれる場所……)
交易路から外れて人も物も集まらず、領民は飢えに苦しみ、税金もまともに納められない。
過去に任された領主も皆、匙を投げた地として有名だった。
そのような不毛の地を、祝福という形で押しつけられたのだ。
それでも私は笑みを浮かべる。
「ありがたく頂戴いたします。つきましては、ネグレア領に関わるすべての権利を、リヴィエール公爵家のものと考えてよろしいでしょうか?」
「……ふむ。さすがは宰相の娘、肝が据わっておるな! ワッハッハ!」
私とジークレイン様に執拗に嫌がらせをし、持て余していた領地も処分できる。
一石二鳥だとばかりに、国王陛下は機嫌良く笑い、謁見は幕を閉じた。
退出した私たちは、しばらく無言で廊下を歩く。
やがてジークレイン様が立ち止まり、沈痛な面持ちで目を伏せた。
「ルキナ、すまない。私のせいで、不利益を被ってしまった……」
「ジーク様のせいじゃありません。それに、どのみち断れなかったでしょう? それなら堂々と受け取って、活かしてやればいいのですわ!」
誰もが見限り、もはや誰ひとり期待していない領地に活気を取り戻すことができたなら――。
それは王家の無能を白日の下にさらし、最大の仕返しともなるだろう。
(ジークレイン様なら、きっとできるわ!)
私も全力で支えるつもりだった。
「……ルキナは強いな。一緒にいると、前を向ける気がする」
私たちは自然と手を取り合い、互いに微笑み合う。
どんな困難でも、彼とならきっと乗り越えられる。
そう信じられた。
そのとき――。
「心配して駆けつけたが、どうやら邪魔だったようだな?」
低く澄んだ声が響き、夜空のような藍色の瞳を持つ美青年が、颯爽と歩み寄ってきた。
ジークレイン様の学友にして、第一王子――ルーヴェン王太子殿下だった。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
ルーヴェン殿下は、ゆるやかに波打つ髪を肩口で切り揃えていた。
つい先日まで長く伸ばしていたけど、ジークレイン様が髪を短くされたその日に、殿下もまた散髪なさったのだという。
整えられた髪は、もとより整った顔立ちをいっそう際立たせ、彼に良く映えていた。
「ああ。ジークとはよく会っていたが、ルキナと顔を合わせるのは久しぶりだな」
「はい、殿下」
柔らかく笑んで答えると、ルーヴェン殿下はため息をついた。
「父上が迷惑をかけてすまなかった。今回の件は、父上の独断だ。……娘にはめっぽう甘いからな。だが、このままでは国を乱す。必要とあらば、私が動くつもりだ」
その真剣な言葉に、私は思わず息をのむ。
国王を退ける覚悟に等しい宣言だったからだ。
「婚姻してすぐ呼び出すなど、祝いではなく嫌がらせだ。大臣らも誰ひとり賛同していない」
「やはり、そうでしたか……」
ジークレイン様が静かに吐息をこぼすと、殿下はその肩に手を置いた。
「忘れるな、ジーク。私はいつでもお前の味方だ」
「……はい。ありがとうございます、ルーヴェン殿下」
深く頭を下げるジークレイン様に、殿下は柔らかく目を細める。
けれど次の瞬間、その瞳には鋭さが宿った。
「だが――お前なら、あの地を蘇らせることができるかもしれないな」
殿下の声音には、ただの慰めではない確信めいた響きがあった。
私も同じ気持ちである。
そしてそのとき、私の胸の内にも、別の予感が芽生えつつあった。
(ネグレア領……。あの地に、何か大きな意味があるような気がする……)
その答えに気づくのは、もう少し先のことだった。
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