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4 保護
それから二か月後。
私たちは遠乗りに出かけるたびに、あの小屋に立ち寄るようになっていた。
いえ――ロミオとブリトニーを見守るために遠乗りをしている、という方が正しいかもしれない。
ふたりは、まるで約束でもしているかのように、私が訪れる日に必ずそこにいた。
「今度こそ、痛み止めだけでも飲んでくれたらいいんだけど……」
ロミオの頬の傷がようやく癒えたと思った矢先、今度は腹部に新しい傷を作っていたことを思い出し、胸の奥でため息が膨らむ。
本当なら、暴力を振るう父親を捕らえて、ロミオを解放したい。
――でも、ロミオはそれを望んでいなかった。
父親もまた、彼を憎んでいるわけではない。
むしろ愛している。
ただ、心が弱く、病に囚われているだけなのだ。
ロミオ自身、そのことをよく理解していた。
だからこそ、父親が正気に戻ったとき。
泣いて謝り、二度としないと誓うたびに、ロミオはその言葉を信じ、許してきた。
そして、父が酒に溺れる夜は、この小屋に身を潜め、互いを守る術として距離を置いている――。
「家族の問題だもんね。赤の他人の私が、とやかく言えることじゃないか……」
「難しい顔をして、どうしたの?」
いつの間にか険しい表情をしていたらしい。
隣にいた兄様が、私の眉間を指でそっと撫でてくれる。
(……きっと、私がこっそりロミオたちを手助けしたいことに、兄様は気付いているんだわ)
けれど、兄様はなにも言わない。
ただ、私の思うままに任せてくれる。
兄様が協力してくれるからこそ、私はこうして荷物を届けることができている。
そのことに改めて感謝して、私は深く頭を下げた。
「兄様。私のわがままに付き合ってくださり、本当にありがとうございます」
突然のお礼に、兄様は目を瞬いた。
けれど、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、私の頭を撫でてくれる。
「私はわがままだなんて思っていないよ。また来週も来ようね、ルキナ」
「は、はいっ!」
きらきらと笑う兄様に抱き上げられ、私はぎゅっとしがみつく。
今の私の体重は三十キロを超えているはずなのに、軽々と抱きかかえる兄様は――実は隠れたマッチョなのだ。
(……ジークレイン様のためにも、もっとダイエットを頑張ろう)
そんな決意を胸の片隅で抱いた。
◇ ◇ ◇
季節は流れ、あっという間に半年が経った。
雨の多い日々が続く中、私は胸騒ぎを覚えていた。
その日も、寄り道せずに小屋へ向かう。
遠くで正午の鐘が鳴り響き、前回よりもずっと早く着いたのに、そこにはやはりロミオとブリトニーの姿があった。
「あ! またなにか置かれてる! なんて書いてあるんだろう……?」
怪訝そうにブリトニーが首をかしげる。
辺りをきょろきょろと見回し、薬の包みを避けて湿布だけを持ち帰っていった。
(っ、どうして今まで気づかなかったの!? ブリトニーは、文字が読めないんだわっ!)
貧しい家の出身で、学園にも通っていないブリトニーは、まだ読み書きができなかったのだ。
そのことをすっかり失念していた自分に、頭を抱えたくなる。
しかも、彼女と一緒にいても、ロミオの表情には陰が落ちている。
「あの子を助けるには、どうしたら……」
完全に手詰まりだと感じたそのとき。
「ルキナは、彼女に文字を教えたいの?」
「…………えっ?」
「だって今、『あの子を助けるには……』って言っていたでしょ? てっきり、読み書きを教えるのかと思ったんだけど」
兄様の首を傾げる仕草に、電流のような閃きが走った。
「そうよ! ロミオだけじゃない。ふたりとも助ければいいんだわ!?」
ロミオとブリトニーが離れ離れにならないように、一緒に保護すればいい。
その考えに突き動かされ、私は勢いよく扉を開け放った。
「ねえ! あなたたち! よかったら、私のうちに遊びに来ない?」
「「っ……え!?!?」」
突如現れた私に、ふたりは目を見開いて固まった。
すると、兄様が膝を折り、王子様のように優美な笑みを浮かべる。
兄様にまっすぐに見つめられたブリトニーは、顔を赤らめた。
「驚かせてしまってごめんね。私はジークレイン・リヴィエール。彼女は、妹のルキナ。――ふたりと友達になりたくて、ここに来たんだ」
「はいっ、もちろんです! ジークレイン様……っ」
すぐに返事をしたブリトニーが、兄様の手を取る。
けれど、ロミオははっと目を見開き、姿勢を正した。
「っ、リヴィエールって……公爵家の……!」
私と兄様を交互に見つめ、口をぽかんと開けたロミオ。
それでも真剣に「ただ友達になりたい」と伝えると、彼は信じられないという顔をしながらも、やがて受け入れてくれた。
「一緒に遊んで、夕飯を食べましょう!」
兄様が馬車を呼んでくれ、ふたりを伴って屋敷へ向かう。
ロミオは緊張で体を強張らせ、ブリトニーはお姫様になったみたいだと、目をきらきらさせていた。
私は心の中で決意する。
――両親にお願いして、ふたりを一時的に保護してもらおう。
私を溺愛している両親なら、必ず力になってくれるはず。
そう信じていた。
けれど。
両親が受け入れたのは、ロミオだけだった――。
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