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第二章
11 推しの弟を探し出せ!
しおりを挟む昼下がりの陽射しがカーテン越しに差し込む部屋で、僕は帳簿とにらめっこをしていた。
そんな折、ノックの音がひとつ。
「ベルナ~。開けて?」
その気の抜けるような声を聞いた瞬間、僕は急いで扉を開けた。
「シリウス! 会いたかった!」
「うはっ、今日のベルナは一段と可愛いねっ」
よしよし、と僕の頭を撫でるシリウスは、海のように透き通った青い瞳を和らげた。
陽の光を受けて、ミルクティー色のふわふわとした猫毛が煌めく。
本人の無自覚な愛らしさが、周囲の空気をふんわりと柔らかくしていた。
シリウス・レノー伯爵令息。
僕の親友であり、王都最大級の情報網を持つ“レノー家”の末っ子である。
ロキ様の弟を探し出すため、僕は信頼するシリウスに協力を仰いでいた。
「それで? 何かわかった?」
「ふふ。例の話の前に、お茶でも飲まない?」
そう言って、シリウスは勝手に部屋の奥へ進み、ソファに身を沈めた。
手には、どこかの店の焼き菓子の包みがぶら下がっている。
「あ。今、紅茶を用意するね! ……ごめんね、いてもたってもいられなくて――」
「気にしない気にしない」
シリウスはくすりと笑いながら、持参した菓子の包みを開ける。
その仕草ひとつすら、どこか猫のように優雅で気まぐれだった。
いつものようにマイペースで、人懐っこくて、何より、ぬるりと核心を突いてくる。
親友でなければ、侮れない男だ。
僕が紅茶を淹れれば、シリウスは嬉しそうに一口、口に含んだ。
「地下だよ、ベルナ。あの奴隷の弟くんは、グロンダン家の地下の一番奥の部屋に隠されてる」
「っ……」
シリウスの掴んだ情報を聞き、僕はごくりと唾を飲んだ。
「彼の名前はシャノン。生まれつき、心臓の病を患っているらしい。ただ、治療は受けているけど、現状維持するだけ。治す気はないみたいだ」
「…………っ」
頭の奥がじんじんと熱を帯びていく。
「今は治療薬もあるはずだよ?」
「えっ、それなら……どうして……」
言葉を詰まらせた僕を、シリウスが悲しげな目で見つめる。
「――彼の仲間たちを、一生、働かせたいんじゃないかな? 奴隷として」
背筋が冷える。
けれど、怒りの炎はそれ以上に熱かった。
「っ……なんて、卑劣なッ!!」
拳を握る指が震え、奥歯がきしむ。
それでも、シリウスは落ち着いたまま、紅茶を口に運んだ。
「ねぇ、ベルナ。あの奴隷を、そこまで気にする理由は?」
「っ、それは……」
――言えない。
とてもじゃないけど、言えるはずがない。
(僕が、奴隷を応援している、なんて……)
シリウスに知られたら、ドン引きされてしまうかもしれない。
でも、相手は情報屋。
すでにお見通しなのかもしれない。
観念しかけた僕が口を開きかけた、そのとき。
「実は――」
「やっぱり、君も気づいてたんだね。彼らがクロム民族だって」
「…………え?」
ぽかんとする僕をよそに、シリウスは勝手に盛り上がっていた。
「さすがはベルナ、お目が高い。彼らは竜狩りを生業としていた勇敢な民族だよ。今は国も民族もバラバラだけど、護衛にしたいって者は山ほどいる。僕だって欲しいくらいさ」
リュウガリ?
………………竜狩りっ!?
僕の中で『勇者』やら『英雄譚』やらがぐるぐると駆け巡る。
剣を掲げて火を吹くドラゴンと戦うロキ様の幻が、脳内で勝手に上映されはじめた。
――そしてそのまま、竜の背にまたがり、空を駆けるロキ様……。
(は!? なにそれかっこよすぎない!? ていうか僕、そんな人に命令してたの……?)
「……そ、そうなの?」
何とか平静を装って聞き返したけど、声が裏返ってしまった。
「ああ。彼らは、かの有名なクロム民族だ。でも、あれらは“グロンダン家の所有物”だからね。さすがの僕も手出しはできないよ。……それを奪おうとしてるんだから、ベルナは、グロンダン以上に悪い男ってことだ」
いたずらな笑みを浮かべるシリウスが、まるで冗談のようにそう言う。
クロム民族って、教科書に載っていた、あの有名な一族……?
ロキ様が、あの“竜狩り”を?
……本当に?
そんなこと、知らなかった。
(……でも、シリウスには、ロキ様が僕の“推し”だってバレるよりは、誤解しててくれた方が楽かも)
僕は肩をすくめて、冷めかけた紅茶を啜る。
「奴隷を奪う……いや、助け出したいなら、僕も協力するよ。実はもう、グロンダン家には僕の“協力者”が入り込んでるんだ」
「……えっ!? 本当に!?」
思わず身を乗り出した僕に、シリウスは片目を細めて笑う。
「今はまだ正体は教えられないけど――。ベルナも、よく知ってる人だよ」
グロンダン家に内通者を潜り込ませているなんて、命知らずにもほどがある。
けれど、だからこそレノー家は、王都でも指折りの情報網を築けているのだろう。
さすがだと思う反面、その大胆さに息を呑む。
「ベルナがグロリアーナ・グロンダンの婚約者に名乗りを上げたときは驚いたけど……。本当の目的は、“クロム民族”だったんだね?」
「……う、うん」
僕はこくんと頷いた。
(――正確には、ロキ様を幸せにしたかっただけなんだけど)
でも今では、ロキ様の弟も、そして囚われているすべての奴隷たちも、誰ひとり見捨てたくないと思っている。
だから、間違いではないはずだ。
「よかった、いいことが聞けたよ」
シリウスが、ほっとしたように笑う。
「ベルナは、グロリアーナに恋をしてるわけじゃないんだね」
「それはもちろん。僕は、好きな人を誰かと共有する趣味はないよ――……あっ」
口にした言葉に、自分で息を呑む。
(……好きな人?)
そんなつもりはなかった。
僕のロキ様への気持ちは、ただ「幸せになってほしい」という想いだけ。
それ以上を望んでいるつもりなんて、なかった。
――はずだったのに。
心の奥に生まれかけた“なにか”に、慌てて蓋をする。
(……今は考えちゃいけない)
この気持ちに気づいてしまったら、きっと、もう――後戻りできなくなる気がした。
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