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第二章
12 推しの弟は、僕が守り抜く
しおりを挟む王城で大規模な夜会が開かれることとなった。
諸外国からの賓客も多く、その中には、かつて公爵家から勘当されたオリウィエルの家族も含まれているという。
否応なく、注目が集まる場になるだろう。
(シャノンくんを助け出す、絶好の機会だ)
「――絶対に、グロリアーナ様から離れるな。万一のことがあれば、責任を取らせるからな」
鋭い視線で、僕はロキ様とその仲間たちに命じた。
シャノンくんの行方がわからなくなれば、真っ先に疑われるのがロキ様だろう。
だからこそ、グロリアーナの護衛という名目の下、ロキ様をパーティーの表舞台に立たせ、多くの目撃者が必要だった。
「ベルナったら、心配しすぎよ」
まんざらでもない顔で微笑むグロリアーナに、僕は首を横に振る。
「いえ。グロリアーナ様になにかあれば、悲しむ者は大勢いるのですよ? 僕を筆頭に……。本当ならば、僕がお守りできたら良かったのですが、どうしても外せない商談の予定がありまして……」
「フン。お前が出席していれば、ベリアスにでかい顔をさせずに済んだと言うのに……」
パーティー当日、グロリアーナをエスコートする座を、ベリアス殿下に奪われたガブリエルは、どうやら機嫌が悪いようだ。
額に青筋を立てて怒っているけれど、僕は華麗にスルーした。
「衣装合わせでは、僕もお供してもいいですか? グロリアーナ様のお美しい姿を、この目に焼き付けたいのです」
「まあ、ベルナなら大歓迎よ。その日は特別に、着替えさせてほしいわ」
「はあ!? ちょっと待て! その日は、水曜じゃないか!?」
黙っていたら王子様のようにかっこいいのに、ガブリエルは相変わらずギャンギャン吠えている。
うるさくてうんざりするけれど、僕は悲しげに目を伏せた。
「着替えはガブリエル様にお願いします。僕は、敬愛する女神に、気安く触れることなどできませんから――」
「まあ、ベルナったら……。本当に可愛い子ね」
……言い終えたあと、僕は小さく肩を落とした。
(また、誤解されるな……)
使用人たちが嬉しそうに噂している。
“ベルナ様は、グロリアーナ様に惚れ込んでいるな”――と。
実際には違う。
彼女は僕の婚約者ではあるけれど、“恋をしている相手”ではない。
――僕が守りたいのは、ロキ様と仲間たちなんだ。
グロリアーナの護衛を口実に、彼らを目撃者の多い場に立たせることで、下手な手出しを防ぐ。
貴族たちの前での振る舞いが、彼らを守る鎧となる。
(そしてその隙に、僕は――)
◇ ◇ ◇
静まり返った夜の王都を抜ける。
あらかじめ王都の数人に口裏を合わせておき、僕はグロンダン家に向かった。
その途中で、協力者と合流する予定だ。
ドキドキしながら待っていると、馬車の扉が開く。
颯爽と乗ってきた人物に、僕は開いた口が塞がらなかった。
「すいぶんと間抜けな顔をしているな? ベルナ・セザンヌ」
「っ……」
シリウスの協力者として馬車に乗り込んできたのは――
なんと、王都でも名高い“辺境の放蕩息子”こと、ガブリエル・ヴィルトだった。
「な、なんで……」
「はははははっ! 自分だけが秘密の潜入をしているとでも思っていたようだな? いい顔だっ!」
その顔が見たかった、と笑うガブリエル様は、グロリアーナのことを好きな演技をしていただけで、実際にはグロンダン家の情報を聞き出していたのだ。
「出せ」
短く命令したガブリエル様は、金髪碧眼の王子様然としていて、いつもの嫉妬に狂う男とは全く違う雰囲気だった。
僕が驚いて見ていたからか、ガブリエル様は気まずそうに目を逸らした。
「私だって、奴隷制度には反対なんだ。戦が起こるたびに、兵士として奴隷を高値で売るマリシャス・グロンダンを、許せるわけがない。……小さな子どもまで利用するんだ、あのクズはッ」
「っ、ガブリエル様……」
マリシャスがやはり卑劣な人間だったこと。
そして、ガブリエル様がまともな人だと分かった。
「でも、あんなに完璧な“恋愛脳バカ”を演じきるなんて……すごすぎる。ある意味、尊敬しますっ!」
「…………おい、それは褒めているのか貶しているのか、どっちなんだ?」
険しい顔で僕の頬を突くガブリエル様は、なんだか嬉しそうだった。
もう少し話を聞きたかったけど、馬車が静かに止まった。
「ようやくベルナの誤解が解けた。私はずっと、お前のことを――」
「あっ、着きました! ガブリエル様、早く案内してくださいっ!」
「………………わかったよ」
何か言おうとして肩を落としたガブリエル様は、黒いフードを被った。
闇に紛れて向かう先は、グロンダン家の地下に隠された部屋だ。
ガブリエル様の案内で辿り着いた隠し部屋には、思っていた以上に小さな影があった。
「……っ、シャノンくん……!」
粗末な寝台の上で、ぐったりと横たわる少年。
痩せ細った手足、沈んだ眼窩。
薬の副作用で、髪の色も抜けてしまい、真っ白だ。
十五歳だと聞いていたけれど、小柄な体型は八歳くらいにしか見えなかった。
「まだ小さな子をこんなふうに扱っておいて、よくも貴族を名乗れるものだ……」
ガブリエル様がそう吐き捨て、僕も胸の奥がじんじんと痛む。
怒りとも、哀しみともつかない熱が、こみあげてくる。
「長居は無用だ」
ガブリエル様がシャノンくんをそっと抱き抱え、闇に紛れて馬車に乗り込む。
シャノンくんの呼吸は浅く、ひどく不安定だった。
何もできないけれど、僕はシャノンくんの細い手を握り、「もう大丈夫だからね」と声をかけ続けた。
芸術家としての活動のために、僕が秘密裏に購入していた別荘に到着する。
シャノンくんを保護するための部屋に向かい、すぐに待機させていた医師たちを呼び入れる。
「処置を。早く!」
「はい!」
数種の薬を投与し、処置が始まる。
幸いにも、シャノンくんはすぐに反応を示し、呼吸が落ち着いていく。
「大丈夫。もう、大丈夫だよ……」
僕は濡らした柔らかな布で、シャノンの額の汗を拭った。
その小さな手をそっと握り、口に水を含ませる。
「……ん、ん……」
シャノンくんの唇が、微かに動いた。
まだ意識ははっきりしていないけれど、それでも確かに生きようとしている。
僕は静かに、そっと彼の頭を撫でる。
(ロキ様、安心してください)
――どんな手を使ってでも、あなたの大切な弟は、僕が必ず守り抜いてみせます。
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