王兄殿下の愛され花嫁

ぽんちゃん

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第二章

18 僕が婚約者ってこと、誰か覚えてる?

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 ――事態は、思いがけない急展開を迎えた。

 
 グロリアーナが、妊娠したのだ。


 おそらく、相手は愛人のうちの誰かだろう。
 だがそんなことは、僕にとって些細な問題だった。


「このタイミングで、婚約破棄……」 


 口ではそう呟きつつ、僕の脳内では狂喜乱舞の祝賀パレードが開催されていた。
 けれど表向きは、悲しみに沈んだ令息の顔を装い、グロンダン侯爵家を訪れる。



 応接室に通されると、グロリアーナは華奢な肩を震わせ、真珠のような涙をこぼしていた。
 まるで芝居じみた悲劇のヒロインのように――。


「ごめんなさい、ベルナ……。こんなことになるなんて……っ」


 俯いたまま、白く細い手を腹に添えて震える姿は、確かに哀れを誘うものだった。
 だがその隣では、ベリアスとシャックスが、どちらの子かを巡って火花を散らしている。


「リアーナ……っ、どうして私にすぐ言ってくれなかったんだ」


 青髪をかきあげながら、ベリアスは誰にともなく問いかけるように呟いた。
 鏡があれば、すぐにでも自分の表情を確認したがりそうなその姿は、どこまでも優雅で、どこまでも自分本位だ。
 けれど、その目の奥には、確かに苦悩の色が宿っていた。


「何を言ってる! あの夜のことを思い出せ! どう考えても俺の子だ!」


 がばりと椅子から立ち上がり、赤髪を逆立てて吠えるように言ったのはシャックスだ。
 情熱的というより、ただの脳筋。
 拳で解決するタイプで、繊細な話をするには不向きすぎる。
 それでもどこか自信満々で、誇らしげな表情を浮かべていた。

(ふたりとも、自分の子だと確信してるあたり、ほんとすごいな……)

 何より気になるのは、彼らが今この場においても僕の“婚約者”であるグロリアーナを、自分たちの女のように扱っていることだった。


(……ねえ、僕が婚約者ってこと、誰か覚えてる?)


 もうひとり、部屋の片隅で無言を貫くオリウィエルもいるが、彼の視線は壁の一点に定まったまま動かない。
 その態度が、逆に何かを隠しているようで、非常に怪しかった。


「ベルナ。わたくしたちの結婚式を、早めましょう」

「……えっ?」


 てっきり婚約破棄の話が出ると思っていた僕は、唐突な提案に目をまんまるにする。

 言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
 今、なんと言った?


「この子を、ベルナの子として世間に出すの。そうすれば、問題にならないでしょう?」

「…………」


 グロリアーナは真剣そのものだった。
 だが、それは正気の沙汰とは思えなかった。

 確かに、グロンダン家の後継者にはグロリアーナの血が必要だ。
 けれど、他の男の子どもを、僕の子として認知しろとは、冗談にしても度が過ぎている。


「……怒ってるの? ねえ、ベルナ。わたくしのこと、もう嫌いになったの?」


 彼女は不安げな顔で僕を見上げてきた。
 その姿に、少しでも心を揺らがせる者がいるのなら、それは確かに罪な美しさかもしれない。

 けれど、僕は静かに笑った。


「謝らないでください、グロリアーナ様……。いえ、

「っ……」


 その瞬間、グロリアーナの顔から血の気が引いた。
 呼び方を変えることで、僕は彼女に明確な線を引いたのだ。


「お腹のお子様のためにも、僕は婚約者の座を降りようと思います」

「……ちょ、ちょっと待って……! それって、どういう意味なの?」


 この場でそれを歓迎したのは、ベリアスとシャックスだけだった。
 一方のグロリアーナは、なぜかショックを受けたように唇を震わせていた。


「では、ここからは今後の話し合いとなりますので、グロンダン侯爵令嬢はご退出いただけますか?」

「はあ!? なぜだ? グロリアーナは当事者だろう!」


 苛立ちを露わにしたのはシャックスだった。
 そんな彼に、僕は冷ややかな目を向けた。


「……では、はっきり申し上げます。これから“慰謝料の話”をするからです」


 バサリと音を立てて、僕は手元の書類をテーブルに置いた。


「っ……」

「はっ……!?」


 ベリアスとシャックスが、揃って顔を引きつらせる。
 ふたりとも、まさか慰謝料を請求されるとは思っていなかったのだろう。
 開いた口がふさがらない様子に、僕は呆れたように肩を竦めた。


「本当なら、マリシャス様にお話しするつもりでしたが……」


 そう前置きして、僕は静かに本来の目的を告げた。


「グロンダン侯爵令嬢には、元気なお子を産んでいただきたいと思っております。ですので、金銭的な慰謝料は請求しません」

「っ、ベルナ……」

「ただ、僕の指名する護衛たちをお譲りいただきたいのです」


 その言葉に、グロリアーナはハッとする。


「……まさか、あの奴隷たちでいいの?」

「はい。僕は、いずれ彼らの“主人”になるのだと豪語していましたからね? その願いだけでも、叶えさせてもらえませんか?」

「…………」

 
 少しは僕への罪悪感はあるようで、グロリアーナは何も言えなくなっていた。
 僕はゆっくりと立ち上がり、丁寧に言葉を重ねる。


「ですので、グロンダン侯爵令嬢の護衛を務めていた『奴隷四人』を、僕にお譲りください。それをもって、僕への慰謝料といたします」


 たった四人の奴隷を譲るだけ――
 それが婚約破棄に対する慰謝料だというのなら、世間的には破格もいいところだろう。

 けれど、僕にとってロキ様たちは、そんな“価値”の尺度では測れない存在だった。













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