王兄殿下の愛され花嫁

ぽんちゃん

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第二章

17 推しのために、世界の麺フェスティバルを開催してみました

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 マリシャスの悪事を立証すべく動いてはいるものの、決定的な証拠はなかなか掴めない。
 そんな手詰まりのような日々のなかでも、せめてロキ様には、少しでも楽しい時間を過ごしてほしい。
 そう思った僕は、ひとつの企画を立ち上げることにした。

 きっかけ作りのため、グロリアーナを誘って王都へと出かける。


「今日のデートでは、『世界の麺フェスティバル』に行きたいと思っています」


 馬車に揺られながら、僕がそう提案すると、グロリアーナは首を傾げた。


「なあに、それ? 初めて聞いたわ」

「全国の麺料理の人気店が王都に集まって開かれているイベントなんです。他国の珍しい料理もたくさん出店されているそうで、ぜひグロリアーナ様をお連れしたいと思いまして」

「まあ、楽しそうな催しね。わたくし、アマトリチャーナが食べたいわ」


 麺料理には興味がないかと思っていたが、意外にも食通のグロリアーナは乗り気だった。
 僕も初開催のイベントに興奮して、昨日はほとんど眠れなかった。

(まあ、主催は僕なんだけどね?)

 ロキ様の好物――担々麺。
 シリウスから「パスタとは少し違った麺料理」だと聞き、ルシス国でも提供している店を探してみたものの、どこも遠すぎて、ロキ様を誘って行くには不便だった。

 ならば、向こうから来てもらえばいい。
 その発想から、王都初の“世界の麺フェスティバル”を企画。
 無事に出店者を募り、開催にこぎつけたというわけだ。

(出店者も儲かるし、ロキ様は担々麺を堪能できる……これはもう、完璧な催し!)


「……だから、なぜ水曜に開催するんだ……。どう考えても、私に会いたいだけだろ」


 グロリアーナの隣に座るガブリエル様が、頬を薔薇色に染めつつ、じろりと僕を睨んでくる。
 僕に正体を明かしたあとも、しっかりと演技をするガブリエル様は通常運転。
 さすがの演技力だった。



 馬車を降りた僕たちの前には、ずらりと屋台が並び、世界中の麺料理が賑やかに店を構えている。
 香辛料と出汁の香りが風に乗って漂い、食欲をこれでもかと刺激してくる。


「すごいわね、こういう場所……久しぶり」

「グロリアーナ様、僕たちは今日、屋台の麺を全種類制覇しましょう!」


 そう言って自然に手を伸ばしたそのとき――


「リアーナは私と回りましょう」


 僕の手よりも早くグロリアーナの手を取ったのは、白手袋のガブリエル様だった。

(えっ、いつの間に隣に!? 今の流れ、僕でよかったでしょ!?)


「あざといだけですよ、ベルナは。お気をつけください」


 冷たい目線が突き刺さる。
 僕が少しでもグロリアーナに近づこうとすると、ぴたりと動きを封じられた。
 ……鉄壁すぎる。

(どの口が“あざとい”って言うんですか!? 自分が一番演技派のくせにっ!)

 どう見ても彼の視線はグロリアーナに向いているけど、恋愛対象は同性だという噂を僕は知っている。
 密かに想いを寄せる相手がいるらしいのに、任務のため距離を取っている。
 いわば、片想い中なのだとか。

(……切ないなあ。相手はいったい誰なんだろう? もしかして、シリウスだったりして)

 そんなことを考えながら、僕たちは各々好きな麺を注文し、屋外の飲食スペースに腰を下ろした。

 目の前には、香ばしい醤油スープに包まれた熱々の麺――。
 一口すすると、思わず目を細める。
 これはもう、フェス成功と言ってもいい。


「うん、この麺も美味いな。だが、他にも食べたい……。残りはお前が処理してくれ」

「っ、お、おれが……?」


 突然、麺を手渡されたジノさんは驚きに目を見開いた。
 だが次の瞬間、腹の音が盛大に鳴り響く。


「捨てるのは失礼だからな? 残さず食えよ」


 僕が高圧的に告げると、ジノさんは嬉しそうに麺を一気にすすり上げた。
 皿が空になるまで、ほんの数秒。


「いい食いっぷりだ。見ていて気持ちがいいな! はっはっは!」

「…………あざっす」


 肩を叩かれても微動だにせず、ジノさんは嬉しそうにぺこりと頭を下げる。
 まだまだ余裕がありそうなので、僕は次の店でも麺を注文し、同じことを繰り返した。

 さらに、他のふたりにも麺を渡す。


「お前たちも見ていないで、少しは協力しろ」

「「っ、ハイッ!」」


 目を輝かせて麺を受け取るふたり。
 まるで出番を心待ちにしていたようだった。

(みんな、美味しそうに食べるなぁ……)

 貴族が少しだけ口にして、残りを奴隷が“処理”する。
 傍目には自然なやり取りに見えるそれが、僕なりのささやかな贈り物だった。


 そして、ついに本命の屋台へと辿り着く。


 目の前に並ぶのは、赤みを帯びたスープと中太麺――。


「これが噂の担々麺っ!」


 思わず呟いた声に、ロキ様の瞳が見開かれるのがわかった。

(もちろん、ロキ様にも食べてもらいますとも……! ああ、視線が熱い)

 ロキ様の興味は担々麺だ。
 そうわかっているのに――なぜだろう。

(ってロキ様、麺じゃなくて、僕を見てない!? いやいや、そんなわけない。そんなわけない、のに……僕、変だ……)

 そう自分に言い聞かせても、真紅の瞳の熱量がすごすぎて、胸のドキドキは止まらなかった。


「うちの担々麺は、辛さが選べますよ」


 店主に辛さを聞かれ、僕は即答する。


「では、僕は全種類お願いします。いろんな辛さを楽しみたい」

「かしこまりました」


 熱々の担々麺が、ついに目の前にずらりと並ぶ。
 濃厚な香りが、ふわりと鼻先をくすぐった。
 ごまの風味が立ちのぼり、花椒の刺激がじんわりと舌を痺れさせるような錯覚を呼ぶ。
 挽肉の旨味がスープの表面を覆い、真っ赤な辣油が艶やかに浮かんでいた。
 その下に沈んでいるのは、もちもちと弾力のある中太麺――。

(……見てるだけで、よだれが出そう)

 さっそく一口食べようとしたところで、他のお客さんの声が聞こえてくる。


「妊娠中でもいけるかしら?」

「刺激物ですから、妊婦さんにはあまりおすすめしませんねぇ。代わりのメニューをご用意しますよ」


 店主の朗らかな声に、空気が変わった。
 グロリアーナがふいに立ち上がる。
 顔色はどこか青ざめて見えた。


「……先に帰るわ」

「グロリアーナ様、大丈夫ですか?」


 すぐにガブリエル様が支えに入り、僕も慌てて駆け寄る。


「……なんでもないの。辛いものはちょっと苦手で」

「あっ、それは申し訳ありません。すぐに馬車を――」

「いいの。ベルナは楽しんできて」


 そう言って席を立ったグロリアーナの微笑みは、どこか作り物のようだった。

(辛いものが苦手ってだけで……なんで、あんなに落ち込んでるんだろう?)

 疑問は残る。
 けれど、僕はあえて机に突っ伏し、肩を落とした。


「せっかくグロリアーナ様のために頼んだのに……。楽しみにしてたのに、食欲が失せた。仕方ない、全部お前が食べておけ」

「………………っ」


 ――そのとき。
 ロキ様の気配が、静かに動いた。

 彼は無言で担々麺の器にそっと手を伸ばす。


「…………これは……っ」


 ずずっ、と麺を啜った瞬間、低く漏れた吐息。
 驚きと喜びが入り混じる声音。


「…………好きだ」


 ぽつりと、ロキ様が呟いた。
 その声には、感情を押し殺したような静けさがあったが、確かに喜びが滲んでいた。

(っ、よかった……!)

 うつ伏せのまま、にやけそうになる口元を懸命に隠す。
 ロキ様の横顔をちらりと見れば、彼の頬はほのかに紅潮していた。

 彼は目を閉じ、まるで祈るように、もうひとくち、またひとくちと、担々麺を味わいはじめる。

 きっと美味しかったに違いない。
 そう確信した僕の心もまた、じんわりと熱く満たされていくのだった。





 













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