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42 お爺様
しおりを挟む《ジョナスside》
がらんとしたグランディエ公爵邸では、カチッ、カチッ、と時計の針の音が聞こえていた。
――つまり、異常事態だ。
病が悪化したわけでもないのに、ジョナスは眠れない日々を送っている。
なぜなら、グランディエ公爵家の太陽――フレイがいなくなったからだ。
(あの子はかけがえのない子だったのに……)
にこにことしながらワゴンを押す天使を、皆が微笑ましく見守っていた光景が思い起こされる。
ジョナスだけでなく、使用人たちもフレイの不在を嘆き悲しんでおり、どんよりと重い空気が漂っていた。
(どこに行ってしまったんだっ、フレイ……)
フレイがヴァレリオに離縁を申し出て、グランディエ公爵家から去った。
どこかで幸せでいてくれたらそれでいいと、ジョナスは思っていた。
だが、まさかフレイがひとりで国外に出ていってしまうだなんて、思いもしなかったのだ。
(やはり、私のせい、だな……)
「っ、私が余計なことを言わなければ……」
後悔するジョナスは、拳を握りしめる。
過去のトラウマがあるため、ヴァレリオは誰も愛せないと思っていた。
だからジョナスは、ヴァレリオとフレイが政略結婚をし、愛し合うふりをしていると思い込んでいたのだ。
『ヴァレリオ様に似た元気な子を産みます!』と話したフレイの健気さに、ジョナスは胸が押しつぶされるような思いだった。
後継者のことなど気にしなくてもいい。
フレイには、ただ笑って過ごしてくれたらそれでよかったジョナスは、真実を話した。
だが、その結果、フレイを傷つけることになってしまったのだ――。
我が子のように溺愛していたフレイの笑顔を思い出し、目頭が熱くなる。
ジョナスの心には、ぽっかりと穴が空いていた。
「ジョナス様……。おふたりはすれ違ってしまっただけで、ジョナス様のせいではないと思いますよ」
食事を運んでくれたダリウスが慰めてくれるが、もっと他に言い方はなかったのかと、ジョナスは己を責め続けていた。
「きっとヴァレリオ様が、フレイ様を見つけ出してくださいます。……見つけられるまで帰ってくるなと話しておきましたので」
毅然としているダリウスだが、内心ではフレイが心配でたまらないはずだ。
ダリウスもまた、フレイに癒やされ、可愛がっていたひとりなのだ。
結局、ふたりとも無言になり、重苦しい空気が流れる。
(……味が、しない)
目の前には、フレイがよく作ってくれていた魚の煮付け。
スプーンを手にするが、食欲が湧かない。
治療薬の効果が現れているのか、ひとりでも食事ができるようになっているが、フレイがいないと、食事は義務でしかなかった。
「はあ……。フレイは、ちゃんとご飯を食べているだろうか……」
スプーンを置いたジョナスは、また寝たきり生活に逆戻りしていた。
「辛い思いをしていないだろうか……無事に、生きている、だろうか……」
フレイは友人に買い物や夜会に誘われても、必ずジョナスとの時間を選ぶような子だっだ。
たまにヴァレリオと出掛けた時は、ジョナスへのお土産を買ってきてくれ、その日はたくさんお喋りをしたりと、とにかくジョナスとの時間を大切にしてくれていた。
そんなフレイと話している時間が、ジョナスの心を癒やしてくれ、マシュマロのような頬をつつき、フレイを揶揄って楽しんでいた。
その穏やかに流れる時間が、ごっそりとなくなったのだ。
ジョナスは想像を絶する虚しさに襲われていた。
そんな中、フレイを乗せた汽車が襲撃された事件を画策していたのが、レニーだと発覚した。
怒り狂うジョナスは、気付けば昔のように剣を持って立ち上がっていた。
「ヒィィッ!! やめてくださいっ、助けてーっ」
逃げ惑うレニーを叩き斬ろうとしたが、思いとどまる。
その役目は、ヴァレリオの仕事だ。
(久しく立てるようになっても、嬉しくないとはな……)
その後、ようやくザイル王国の者が到着した。
みっともなく暴れるレニーが、ジョナスに助けを求めるが、ジョナスの妻に手を出した不届者を、誰が助けるというのか。
(……成長しない男だな)
「ジョナス様! 助けてくださいっ! ジョナス様が立ち上がれるようになったのは、治療薬を用意した私のおかげですよね!?」
なりふり構っていられなくなったレニーが、声を張り上げる。
薬は必要ないのかと、レニーはジョナスを脅しているようだった。
だが、ジョナスは冷笑した。
「――勘違いするな。私が今、生きているのは、お前が用意した薬のおかげではない。フレイが献身的に支えてくれたおかげだ」
「っ…………」
レニーを冷めた目で見ている使用人たちもまた、ジョナスと同じ気持ちだろう。
絶句するレニーは、ザイル王国の者たちに引き摺られていった。
(これで邪魔者はいなくなった。いつ、フレイが帰って来てもいい……)
レニーが自滅して清々するはずなのに、フレイのことばかりが心配で、ジョナスは何も手につかなかった。
そんな状態で、一年もの時間が流れた。
ただ救いだったのは、ラヴィーン伯爵家には、フレイの無事を知らせる連絡が定期的に届いていた。
フレイと共にいる商団の者たちが、ヴァレリオの代わりにフレイを守ってくれているのだ。
そしてヴァレリオは過去を清算し、フレイが何の心配もなく過ごせる環境を作り上げた。
ヴァレリオがフレイを迎えに旅立ち、ジョナスはふたりの帰りを待つ。
この一年間、死に物狂いでフレイを探していたヴァレリオを見ていたジョナスは、ふたりが愛し合うふりをしているだなんて、もう思ってはいない。
(だが、手遅れかもしれない。フレイが帰って来なかったら……)
居ても立っても居られないジョナスは、邸中をうろうろと歩き回り、使用人たちも仕事が手につかない状態だった。
そして月日は流れ、他国の王族でも嫁いできたのかと思うほどの大行列が戻って来た。
ジョナスは邸を飛び出し、仕事を放り出す使用人たちも、馬車の前に整列する。
「っ、ヴァレリオッ」
馬車からは、ヴァレリオが降りて来た。
その柔らかな表情を見た瞬間、皆はフレイが見つかったのだと察する。
それでもドキドキしながら待っていれば、ヴァレリオにエスコートされる、フレイの姿があった。
桃色の髪を目にした途端に、ジョナスの瞳に涙が溢れた。
「っ、心配かけてごめんなさい……っ。ただいま戻りましたっ、お義父様っ!」
「っ……」
謝りたいと思っていたのに、いざフレイを前にすると言葉が出てこない。
フレイに飛びつかれたジョナスは、小さな体をきつく抱きしめる。
「フレイッ、すまなかった、本当にすまない」
「……? なんでお義父様が謝るんですか? 謝らないといけないのは、僕の方っ」
うわーんと幼子のように泣くフレイが可愛くて、ジョナスは頬ずりをやめられない。
そこに、「ぎゃああああー!」と本物の赤子の泣き声が響いた。
なんだなんだと、皆が声の主人を探していると、フレイがくすりと笑った。
「レイチェル、エミリオ。お爺様だよ」
「っ…………」
フレイは一体、何を言っているのか。
不思議に思っていると、見知らぬ使用人が、ヴァレリオに白い布に包まれた何かを渡した。
それを大切そうに抱くヴァレリオを見て、ジョナスは目を見開いた。
「っ、こ、ども……?」
ヴァレリオに抱かれると、ぴたりと泣き止んだ赤子は、フレイにそっくりだったのだ。
そして驚くことに、もうひとり。
非常におとなしいエミリオは、母親を守るようにぴったりとくっついており、ヴァレリオにそっくりだった。
「「「か、可愛い~~ッ!!!!」」」
あまりの愛らしさに、使用人たちが悶絶する。
我が家の太陽であるフレイが、愛くるしい双子を連れて帰って来たのだ。
昨日まで静かだった邸は、朝から晩まで賑やかになり、ジョナスは夢にまで見たおじいちゃんになっていた。
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