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第一章

28 悪役勇者様降臨

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 黙って話を聞いていたセオドアが、抱き合う俺とジュリアス殿下を引き剥がす。

「そろそろ宜しいでしょうか」
「っ、ああ……」

 温度のない声色に、セオドアが怒っていることがすぐに伝わって来た。

 俺の可愛い義弟は怒らせると怖いので、直様ジュリアス殿下から離れる。

「イヴ兄様が癒しの聖女であることを公表しても良いですが、そうなると率先して真犯人を擁護していたクリストファー殿下のお立場が悪くなると思います。下手すれば廃嫡、生涯幽閉されるでしょう。そうなりたくないのであれば、他言無用でお願いします」

 静かに頷くクリストファー殿下を確認したセオドアは、視線を彷徨わせて挙動不審なエリス様を睨みつける。

「それからアンタも。もしバラしたら殺すから」
「っ…………」
「良い? 僕の大好きなイヴ兄様を嵌めようとしたんだから、一瞬で死ねると思わないでね? アンタの寿命が尽きるその日まで、延々に嬲ってやるから……。それを忘れないでね? まあ、ジュリアス殿下を毒殺しようとしたんだから、いずれは処刑になるだろうけど。首を吊るか、この先最低五十年、僕の玩具になって痛ぶられるか……。どちらを選ぶかはアンタ次第だよ?」

 魔王より恐ろしいんじゃないかと思うほど、ドスの効いた声で話すセオドアに、クリストファー殿下もジュリアス殿下も驚愕していた。

 恐怖から動けなくなっている様子のエリス様に、セオドアがゆっくりと歩み寄る。

 カチカチと奥歯が鳴る音を聞きながら、エリス様の周囲をゆったりと回り始めた。

「ふふっ、こっちには癒しの聖女がいるんだから。勇者に暴行されてる、ってどれだけアンタが訴えても、傷はすぐに治るから証拠は見つからない。だぁ~れもアンタの言うことは信じないよ?」
「っ…………そ、そんなっ」
「黙れ」

 ピタリと足を止めたセオドアは、上擦った声を上げたエリス様の顔をずいっと覗き込む。

「誰が喋って良いなんて言った? 次、口を開いたら、舌を切り落とすよ」

 震える両手を口許に押し当てるエリス様に、満足げに頷いたセオドアは、ぽんと軽やかに手を叩く。

「そうだ! 人体実験したいと思ってたんだよね? 舌を切り落としたら、再生するのかな? もし成功したら、目玉もやってみたいなぁ~! 拷問の腕が上がりそうッ」

 滝のように涙を流すエリス様は、縋るようにクリストファー殿下に視線だけを向ける。

 だが、頼みの綱であったクリストファー殿下は、エリス様に失望したような眼差しを向けているだけで、口を開かなかった。

 そして、一歩後ろに下がる。

 もう助けが来ないと悟ったエリス様は、声を押し殺しながら絶望したかのように目を見開く。

 そんな二人をくすくすと笑いながら見ているセオドアは、さらに追い討ちをかける。

「死なないように癒しの力を与えながら、腹を引き裂いてみようか。それで、医師を目指している人たちの手術の練習台になろうよ! そうしたら、ローランド国は医療先進国になること間違いなしだね! みんなアンタに感謝すると思うよ?」
「っ、ふぅ、ふぅ……」
「ああ、心配しなくても良いよ? 僕は心優しき勇者様だからね? アンタが死にそうになったらすぐに助けてあげるから。僕と長生きしようね」

 にこりと微笑むその顔も以前までは可愛いだけだったが、今は恐ろしすぎて、その場にいた全員の頬が引き攣っている。

 立っていられなくなったエリス様は、床に座り込んで失禁した。

 しょろしょろと音が鳴る中、セオドアのくすくすと可愛らしい笑い声が響いていた――。



 白目を剥いてぶっ倒れているエリス様を視界の端に入れている俺は、膝の上にセオドアを抱っこし、ふかふかなソファーに腰を下ろしている。

 エリス様が失神してもなお責め続けるセオドアは、狂人以外の何者でもなかった。

 演技だとわかってはいるのだが、止められるのは俺しかいなかったので、必死にご機嫌取りをしたことは言うまでもない。

「これでイヴ兄様が、癒しの聖女だと露見することはありませんね?」
「ああ、全部テディーが悪役を演じてくれたおかげだ。さすが俺の可愛い義弟だ」
「ふふっ。僕、舞台俳優になれるかもしれませんッ!」
「そうだな、人気者間違いなしだ! 俺はファン第一号だ!」

 俺の胸元に顔を埋めるセオドアは、褒めて褒めてと頭をぐりぐりとさせて甘えている。

 頑張ってくれたセオドアをよしよしと撫でながら労っていると、半目のジュリアス殿下が「演技じゃないでしょ」と呟いた。

 セオドアが勢い良く顔を上げ、俺はわかっていないなとばかりに溜息を吐く。

「ジュリアス殿下……。俺の可愛いテディーが、素であんなことを言うわけがないじゃないですか」
「…………え」
「え、じゃなくて。何に驚いているのかさっぱりわかりませんが」
「いやいや、どう考えても本性丸出し!」
 
 セオドアに対してビシッと指を差すジュリアス殿下に、じっとりとした目を向ける。

「イヴ兄様っ。僕、演技しただけなのに……」
「ああ。わかってるよ、テディー。ジュリアス殿下は人を見る目がないだけだ」
「なっ?! なんでそうなるの?!」

 セオドアが瞳を潤わせて、今にも泣き出しそうになっている。

 愕然とするジュリアス殿下に、俺は眉を顰めた。

「僕は、あの人を助けに来ただけなのに。酷いッ」
「ジュリアス殿下。俺の可愛いテディーを虐めるようなことは言わないでください。それに、指を差すのはやめてください」
「イヴっ?! ねぇ、気付いて?!」
「…………どんなことがあっても心の友だと思っていましたが、絶交しますか?」

 こてりと首を傾げると、カッと目を見開いたジュリアス殿下がヤダヤダと言いながら、俺の背後から抱きついてくる。

 俺の首を締めるジュリアス殿下の腕をセオドアがぺしぺしと叩きまくり、二人が睨み合う中。

「エリスを牢に運んでも良いだろうか……」

 ぽつりと溢したクリストファー殿下のお言葉に、俺たちは仲良く揃って頷いた。

 結局、ジュリアス殿下がセオドアを責めるような発言をしたので、誓約書の話には触れないことにした。

「絶対に諦めないよッ! イヴッ!」

 ジュリアス殿下の絶叫する声を背に受けながら、俺はセオドアと仲良く手を繋いで退出するのだった――。












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