紋章が舌に浮かび上がるとか聞いてない

ぽんちゃん

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第四章

81 来ちゃった

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 新鮮な空気を吸い込み、朝の日差しを浴びてぐっと伸びをする。

 早朝に起きた俺は、負傷者が休む家を一軒ずつ回り、心が癒されるように一人一人手の甲に口付けを送った。

 六軒回り、明日はもう少し早めに様子を見に行こうと、脳内で時間を計算する。

 最後に口付けを送った茶髪の騎士の表情が和らいだのを確認し、静かに家を出た。

「イヴ様、おはようございます」
「あっ、おはようございます。早いですね」
「ええ。普段からこの時間に起きているので、癖になっていて」
 
 アメジストのような瞳を朝からキラキラと輝かせるエヴァさんが、にこりと微笑んだ。

 胸元まで真っ直ぐに伸びる薄紫色の髪は、艶があって指通りが良さそうだ。

 ほのかにラベンダーのような香りもして、俺達と同じような黒地の騎士服なんだが、とても女性らしい。

「まだ皆様が起きてくる時間ではないですし、イヴ様さえよろしければ、少し散歩でもしませんか?」
「はい、ご一緒させてください」
「っ、よかった」

 至極嬉しそうに微笑むエヴァさんは、無愛想な俺なんかにも声をかけてくれる優しい人だった。

「たまには息抜きもしたくて、最近は朝の散歩が日課になっているんです」
「そうでしたか」
「はい。でも今日は、イヴ様が一緒にいてくださるので、ちょっと浮かれちゃってます」

 弾んだ声で話したエヴァさんは、その場でスキップしそうなほど喜んでいた。

「ないとは思いますが、万が一魔物が襲ってきた時は、俺がエヴァさんを守りますので、ご安心を」
「っ、」

 俺が微笑み返せば、どうしてかエヴァさんは息を呑んだ。

「まあ、エヴァさんの方が強いかもしれませんけどね?」
「……ふふっ、そんなことはないと思います。嬉しいです」

 照れた様子のエヴァさんと共に、周辺の見回りを兼ねて歩き出す。

 俺の体調を気にかけてくれる優しいエヴァさんは、妹と共に旅に出ている際に魔物に襲われて、離れ離れになったそうだ。

 妹には護衛も付いているからそこまで心配していないと語っていたが、表情は暗い。

 すぐにでも探しに行きたいだろうに、第四騎士団の皆を放っておけず、ここに残ってくれた彼女は、本当に心の優しい聖女様のような女性だ。

「イヴ様も弟さんがいらっしゃるんですよね? さぞ心配でしょう」
「はい、俺も義弟に会いたいです……。あ、でもセオドアは元気でやっているみたいなので……」
 
 同じ立場ではないのに、俺も悲壮感を漂わせてしまい、慌てて答える。

「無事だと分かっていても、魔物の動きが活発化すれば、今後どうなるかは分かりません。お互い、大切な家族に早く会えると良いですね」
 
 落ち着くような少し低い声が、すっと心に届く。

 相手を思いやれるところは、エリオット様にも似ている気がして、俺は自然と笑みを浮かべていた。



 エヴァさんと別れて重傷患者の治癒用のテントでアレンくんと合流し、負傷者の状況を話し合う。 
 
「朝見回って、精神的な癒しは送ってきたよ」
「さすがイヴ様! でも、あまり無理しないで下さいね? あの時、力が爆発したおかげで、経過は良好ですからっ!」
 
 グッと拳を握るアレンくんは、俺の体調管理までしてくれている。

「それで、救護班の人間が逃げたって聞いたけど……」
「そうなんです! しかも、エヴァさんの馬車を盗んだらしいですよ! 怪我人を見捨てて、更には盗みだなんてっ。医師以前に、人として終わってます!」

 衝撃的な話に、頬が引きつる。

 救世主の馬車を盗むだなんて、恩を仇で返すようなものだ。

「逃げただけでも最低な行為なのに。なんてことをしてくれたんだ……」
「ええ、本当に。団長が謝罪してましたよ。エヴァさんは全然気にしていない感じでしたけど」
「まあ、本当は腸が煮えくり返っていても、ローランド国の総司令官に頭を下げられたら、気にしていないとしか言えないよな……。離れ離れになった妹さんに会いたがっていたし、早く馬車を返してあげないと……」

 妹のことを想いながらも、手助けをしてくれたエヴァさんを思い出して、重い溜息が漏れる。

 結局、逃げた救護班の人達がどこに行ったのかもわからないが、王都にいる第三騎士団が探しているだろう。

「そういえば。エヴァさんが時間がある時に指導して欲しいって言ってたんだけど、俺は知識が足りないから、アレンくんにお願い出来るかな?」
「えっ。そうなんですか? エヴァさんは、今も魔物の討伐にも参加しているから、そんな時間あるんでしょうか?」
 
 こてりと首を傾げたアレンくんの話によると、エヴァさんは、精鋭部隊に引けを取らない実力の持ち主だそうだ。

 第四騎士団の皆が平民だからと下卑することもなく、怪我人の手当てもしてくれた女神様のような存在らしい。

 第一騎士団の皆にも、地位や財産目当ての人達のように媚を売ることもないから、既に人気者だそうだ。

「それに美人だしな」
「ふふっ、確かに紅一点は目立ちますよね。でも僕は、イヴ様が一番美人だと思いますッ♡」
「えっ……美人って、俺は男なんだけど」
「僕の女神様は、生涯イヴ様ですッ♡ きゃっ、言っちゃったッ♡」
 
 両手で顔を隠して、大きな体をくねらせるアレンくんが可愛らしい。

 俺が癒しの聖女だから、贔屓目に見てくれているのだろうと思いながら、くつくつと笑った。

「私の女神様もイヴだよ」
 
 すっとテントに入ってきた人物に、俺とアレンくんは目を丸くする。

 長いライム色の髪を編み込み、左側に寄せた可愛らしい髪型の美青年は、唇を噛んでにこりと微笑んだ。

「アデルっ!」
「アデル兄様っ?!」
 
 アレンくんと声が被り、二人して立ち上がる。

 テントの入り口の方に座っていたアレンくんを素通りしたアデルバート様は、俺の元まで一直線に歩み寄り、顎を引いて見上げる。

「来ちゃった♡」

 可愛らしく肩を竦めるアデルバート様に向かって手を広げれば、ぴょんと飛び込んで来る。

「アデル、会いたかった」
「私も……」

 艶のある髪に顔を寄せると、大自然の中にいるような心が穏やかになる香りがする。

 熱い抱擁を交わしていると、「半年前よりイケメンになってる」と褒めてくれた。

 ちらりと顔を覗き込むと、頬を赤らめて視線を彷徨わせるアデルバート様。

 守ってあげたくなるような美青年は、相変わらず控えめで可愛らしく、胸がキュンとする。

「アデルも前から可愛かったけど、もっと可愛くなってる。髪型も似合ってるよ」
「や、やだッ、嬉しいッ……。イヴに会いたくて、ちょっと気合入れちゃった……」
 
 みんなが魔物討伐しているところに、お洒落して来るのはどうかと思うけど……なんてもごもごと付け加えるアデルバート様。

 恥ずかしそうに瞬きをして誤魔化すアデルバート様に、俺はくすりと笑った。

「そんなことない。みんなの目の保養だよ。……特に俺の」
「っ…………なんなの、相変わらずかっこいいっ。揶揄ってるわけじゃないよね?」
「ククッ、揶揄って欲しかった?」
「っ、もう、違うからッ!」

 ぽかぽかと胸元を叩かれて、久しぶりの感覚に頬が緩む。

「イヴっ!」
 
 第三者の声に視線を向ければ、金髪碧眼の麗しい王子様がでテントに入ってくる。

 青色の宝石が目立つロングピアスを揺らすジュリアス殿下は、以前より少しだけ凛々しい顔立ちになっている気がする。

「来ちゃった!」

 アデルバート様の真似をするジュリアス殿下が、可愛らしく首を傾げた。

 弱いとはいえ、この付近が魔物のいる地域でなければ、口を開けて見惚れていただろう。

「……いや、貴方は駄目でしょう」















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