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第四章
89 お役御免
しおりを挟む第四騎士団と合流して、一ヶ月が経った頃――。
ようやくグリフィン団長に言われたことを理解出来た俺は、常に行動を共にする美男美女をこっそりと眺めていた。
現在二十歳の美女は、俺の前では穏やかな笑みを見せてくれるが、皆の前では基本的に無表情だ。
たまに笑うと可愛いと、騎士団の中ではアイドルのような存在になっている。
皆がエヴァさんを笑わせようと必死だが、エヴァさんは飄々としている。
俺は普通にしていてもエヴァさんが笑顔を見せてくれるから、少しだけ特別感を味わっている。
――ただ、俺ともう一人、例外がいる。
「エヴァ、無理をするな。雑用は男共にやらせておけ」
「ありがとうございます、エリオット様」
衣類を纏めた荷物を代わりに運ぶエリオット様に、エヴァさんが天使のように微笑んだ。
いつのまにか名前呼びをしているエヴァさんは、エリオット様にだけはたまに笑顔を見せる。
騎士の中のトップだし、顔も性格もパーフェクトで惚れる気持ちは分からなくはないけど、なんだかモヤモヤする。
その気持ちに拍車をかけるのは、他の騎士達の声だ――。
「やっぱり団長だよなあ~」
「どこからどうみてもお似合いだぜっ」
「美男美女だよな!」
「もしかして、もう付き合ってたりして」
「あの雰囲気は、どう見たってやることやってんだろ」
「ボンキュッボン……」
最後の言葉だけ意味がわからないが、スタイルが良いと言いたいのだと思う。
エヴァさんのような膨らみのある胸は、弾力があってすごく柔らかいらしい。
そこに顔を埋めたり、アレを挟むと至福な気持ちになるそうだ。
……エリオット様も、大きくて柔らかい胸が好きなのだろうか。
ぺたんこな胸元に触れて、気分が落ち込む。
(いや。落ち込む必要なんてないんだけどな?!)
エリオット様の相手が俺だけしかいないけど、ただの慰め合いの相手なんだから。
勝手に特別感を味わって、エリオット様との二人きりの時間で恋人気分になっていた俺は、現実を叩きつけられた。
秘密の関係は、いつか終わりを迎えるとは思っていたけど、こんなに早くに来るとは思っていなかった――。
「もう、お役御免かな……」
なぜか胸が苦しくて、二人を見ていられない俺は、その場を離れることしか出来なかった――。
◇
魔物討伐から戻って来た騎士達に夕飯を配り、怪我人の有無を確認した俺は、バンデッド兄弟とバーデン兄弟に挟まれて、和気藹々と食事を取っていた。
相変わらず、エリオット様とエヴァさんが二人で食事を取っている姿を遠巻きに目にする俺は、あまり食事が喉を通らない。
最後に慰め合いをした一週間後にも、エリオット様からはお誘いを受けたが、アデルバート様と過ごすからと言い訳をして断っていた。
それからお誘いはなくなったが、正直、エヴァさんがいるのに、なんで俺を誘うのかわからない。
……体の相性がいいのか?
俺はエリオット様としかしたことがないからよくわからないが、他の騎士達の話によると、顔や性格が全くタイプじゃなくても、体の相性がいいと、ズルズルと関係を続けてしまうそうだ。
(ここは俺からハッキリと、もうやめましょうと伝えるべきなのかもしれない……)
だってここ最近のエリオット様は、エヴァさんにくっついて離れないし、俺は会話どころか、視線が合うことすらなくなっていた。
噂通りに二人が愛を育んでいるのなら、俺は邪魔な存在となる。
だから、秘密の関係を解消した方がいいと、頭では分かっている。
でも、甘い雰囲気になってしまうと、俺はどうしてもエリオット様を拒むことが出来ない。
宝物のように、大切に扱ってくれるエリオット様の傍に居たい……。
恋人気分だけじゃ足りなくなっていた俺は、いつのまにか、エリオット様の恋人になりたいと願っていたのかもしれない。
(……だからこんなに胸が苦しいのか)
ジュリアス殿下が、いつも胸が痛いと言っていた気持ちが、ようやくわかった。
「はっ、俺って本当に馬鹿だな……」
俺がエリオット様に好意を抱いている気持ちは、師として以上のものだと気が付いた。
そして、今までジュリアス殿下のことを、どれだけ傷つけていたのかを、身を持って知ることになっていた――。
「イヴくん、大丈夫か?」
「……なにがです?」
隣に座っているゴッド副団長が、心配そうに俺の顔を覗き込む。
俺とエリオット様との秘密の関係を知っている副団長が言いたいことは、なんとなく察している。
だが、俺はとぼけた顔をするしかない。
だって俺は、エリオット様の恋人でもなんでもないからだ。
何か話そうとした副団長だったが、食事を終えた俺達は、食器を片付けようと列に並んだ。
そこで、俺達の前で食器を片付けている騎士達の会話が耳に届く。
「天使が毎朝、手の甲に口付けてくれてるの、知ってたか?」
「ククッ、気付いてる。もちろん寝たフリしてるけどな?」
「え?! まじ?! 爆睡してたわ!」
「口付けてくれると、心が穏やかな気持ちになって、気付いたら寝ちまってるんだけどさあ~」
ピタリと動きを止めた俺達は、黙って話を聞いていた。
「分かる! 本当天使だよな、エヴァさん!」
……エヴァさん?
皆は俺ではなく、エヴァさんが口付けていると勘違いしているらしい。
(でも、俺にとっては勘違いされている方がいい)
ほっとしている俺に、四人から視線が刺さる。
顔を上げると、なんとも複雑な表情をしており、俺は気にしていないとばかりに、肩を竦めた。
俺達の横を通り過ぎる騎士達の声が、小さくなって行く。
「なんでエヴァさんってわかったんだ?」
「そりゃ~毎朝起きたら俺達の傍にいるのが、エヴァさんだからな?」
「俺、この間こっそりエヴァさんに聞いたけど、笑って誤魔化されたし」
足取り軽やかに去って行く騎士達の背を見送る。
彼らの最後の言葉を聞いて、なぜエヴァさんは否定しないのだろうと、少しだけ不思議に思った。
「あの女狐がっ」
唸るように呟くゴッド副団長は、木製の食器を粉々に握り潰す。
エヴァさんに対して、皆が好意を抱いているというのに、どうしてか副団長だけは嫌悪の目を向けているんだ。
「ゴッド副団長、落ち着いて? 逆に良かったんですよ。それに、本当のことは四人がわかってくれているので、それだけで充分です」
「ああ……そうだな。団長も、イヴくんが朝の見回りをしていることは知っているからな」
「……そうだったんですか」
軽く頷いたが、慰め合いをした日も早朝に抜け出しているのだから、バレているかと納得した。
「五人でしたね」
はにかみながら答えると、ゴッド副団長は俺の頭をわしゃわしゃと褒めるように撫でた。
そこへ噂の二人が通りかかり、衝撃的な言葉を耳にする。
「天使様だなんて、恐れ多いです……」
「エヴァがただ居てくれるだけで、皆の心が穏やかになるのだろう。早朝から皆の為に動いてくれて、感謝してる。手の甲に口付けは、やりすぎだと思うが……それでも、嫌だと思う奴はいないだろう」
まるで、自分もそうだと語るエリオット様が、照れた様子のエヴァさんに微笑んだ。
俺が早朝に見回りをしていると分かっていて、エヴァさんに感謝の言葉を伝えているエリオット様。
いつもなら見惚れていた笑みだが、俺の心がすっと冷めていくのがわかった――。
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