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第四章

92 平伏す美女

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「どうか、妹を助けて下さい。助けてくださるのなら、なんでもします。お願いしますっ、癒しの聖女様……っ」

 薄紫色の綺麗な髪を床に落とし、俺の前で平伏す美女は、涙ながらに懇願していた――。


 早朝の散歩の時間に、顔を赤くしたり青くしたりと、様子がおかしかったエヴァさん。

 彼女のことが気になって、また会う約束をしたのだが、人目がある為、夜中に出向くつもりだった。

 エヴァさんが借りている家に向かう途中、なにやら言い争う声が聞こえて来てこっそりと覗けば、レイドがエヴァさんの胸ぐらを掴んで怒鳴っていた。

 女性に手を上げるなんて大問題だと、俺は二人の間に飛び出していた。
 
『二人きりで、お話ししたいことがあります』

 そう告げた薄紫色の瞳には、涙が光っていた。

 夜中に女性と二人きりになるのはまずいとは思ったのだが、放っておけずに家に入ったら……。

 ――俺が癒しの聖女だと勘付かれていた。

 手の甲に癒しの口付けを送っている噂が流れた時点で、バレるかもしれないとヒヤヒヤしていたが、嫌な予感は的中したらしい。

 絶句していた俺は、とにかくエヴァさんを立たせて、椅子に座らせた。

 エヴァさんの横で跪いて、優しく問いかける。

「詳しく聞かせてもらえますか?」
 
 こくりと小さく頷いたエヴァさんが、握りしめた拳を見つめながらぽつりぽつりと話し始めた――。

 第一騎士団の救護班の医師が活躍していることを噂で耳にしたエヴァさんは、病を抱える妹を連れ、アルベニアから訪れたそうだ。

 でも、途中で妹さんが体調を崩して、旅を続けることができなくなった。

 妹さんは宿屋で休んでおり、エヴァさんだけがこちらに向かった。

 そこで第一騎士団が第四騎士団の元に来るとの情報を得て、先に第四で待っていたそうだ。
 
 俺かアレンくんに治療をお願いしたかったが、魔物の討伐もあるし、お願いすることが出来なかったそうだ。

 静かに話を聞いていた俺は、「辛かったですね」と呟いたが、いろいろと気になることがある。

 特に、どうして俺達の情報が、ここまでエヴァさんに筒抜けなのだろうか。

 間者でも潜り込んでいるのか?

「それで、レイド様にはここを出て行けと……」
「どうしてレイドがそんなことを?」
「……わかりません、私が怪しい人物だと思ったのかもしれません」
「どうして?」
「えっ……?」
「どうして怪しい人物だと? 俺の目に映るエヴァさんは、ただ妹さんのことを心配している優しい女性にしか見えません」
「イヴ様……っ」

 感極まったように俺の名を呼ぶ美女に、安心するように微笑んだ。

「心配しないで下さい。俺が必ず力になります。だから、本当のことを話して下さいませんか?」
「っ……」

 明らかに動揺するエヴァさんの手を取って、指先にそっと口付けを送る。

 手の甲の擦り傷に、金色の小さな結晶が舞う。

 息を呑んだエヴァさんは、カッと目を見開いた。

「一緒に妹さんのところに行きましょう」

 優しく微笑めば、大きな瞳からぼろぼろと涙が零れる。

 エヴァさんは、しばらくの間、小さな子供のように泣きじゃくっていた――。



 傷の無い綺麗な手を優しく握れば、つっかえながらも全てを話してくれた。

 ギルバート様が関わっていることを――。

 真実を知った俺は、深い溜息を吐く。

「俺のせいですね」
「っ……なぜ?」
「エヴァさんは、俺に真実を話さなかったことにしましょう。ギルバート様には、俺がエヴァさんの妹さんのことを心配して、一緒について行くことになったとだけ話して下さい。当日は隙を見て、エヴァさんの後を追います」
「イヴ様……」
「もし俺が信用出来ないなら、馬車を改造して、椅子の部分にでも隠れますよ?」
「どうして……? 私は貴方を……騙そうとしたのにっ」

 後悔するように告げるエヴァさんだが、それしか道がなかったのだろうと察しているからだ。

「生まれつき足が不自由な方を治すことが出来れば、凄いことです。俺の力がどこまで使えるのかを知ることも出来ますし、王女様も喜びますよね? それになにより、俺はギルバート様の妹さんに会いたいです」
「っ…………どうしてっ、どうしてそんなに優しいのっ。殿下は、イヴ様を利用しようとしていたのですよ?!」

 叫ぶように告げるエヴァさんは、さっきから涙が止まらない様子だ。

 心が穏やかになるように、もう一度手の甲に口付ければ、垂れ下がる目尻が赤らんだ。

「っ、王子様だわ……」
「ただの騎士ですけど……」
「ふふふ、天然さんっ」

 破顔したエヴァさんが元気に笑い出して、俺は安堵する。

「なんでもすると約束して下さいましたよね? でしたら、俺が癒しの聖女であることは黙っていて貰えますか?」
「そんなことでいいのですか?」
「はい。でもそうなると、足を治せたとしても、暫くの間はその事実を伏せて欲しいです。ただ、王女様は走ったりしたいですよね……。うーん、セオフィロス家に来ますか? 庭も広いし、今は父様も義弟もいません。使用人達は口の固い者しかいませんので」
「っ…………好きっ」
「え?」
「な、なんでもありませんっ! その案で、よろしくお願いしますっ!」

 ガバリと頭を下げたエヴァさんは、ギルバート様の妹であるクラリッサ様のことが大好きみたいだ。

 クラリッサ様がどれだけ可愛くて良い子なのかを熱く語るエヴァさんの話を笑顔で聞いていると、バンと音を立てて扉が開く。

「おい! いつまで待たせる気だ!」
「あっ……」

 肩を怒らせるレイドが、俺に掴みかかってくる。

(レイドの存在を、完全に忘れてた……)

「何を仲良くぺちゃくちゃお喋りしてんだよ! この女は間者だぞ?!」
「ちょ、ちょっと落ち着こう?」
「っ、落ち着いていられるかっ!!」

 深夜に女性宅で喚くレイドに、俺は頭を抱える。

 エヴァさんとはもっと話をして、ギルバート様をどうにかしないといけないわけで……。

 それに、エヴァさんは一刻も早くクラリッサ様の元に行きたいだろうし、王女様も心待ちにしているはずだ。

 時間が惜しい。

 うまく説明できる気がしなかった俺は、うるさい口を己の口で塞いだ――。

「きゃあっ!!」
「っ…………」
「ようやく静かになったな」
 
 顔を真っ赤にさせるレイドが、その場でどさりと腰を下ろす。

 ギルバート様と濃厚な口付けをしていたくせに、なぜ照れているのか不思議だ。

 どう見ても、俺より経験豊富だろうに。

 大人しくなったレイドに首を傾げながら、頬を上気させるエヴァさんと向かい合う。

「レイドにも手伝ってもらいましょう。エヴァさんの胸ぐらを掴んだ罰です」
「ふふ、何をさせるのです?」
「手紙を書いてもらいます。クラリッサ様に再会した後に、見てもらうようにお願いをして。レイドとギルバート様は深い関係ですので、少しは気持ちが揺らぐはず」
「なるほど……」
 
 ぼんやりとするレイドに、紙切れを用意して、強制的に文章を書かせた。

「な、なあ、イヴ? これ書いたから、もう一回しようぜ?」
「ん?」
「イヴ達の計画を黙っててやる代わりに」
「俺じゃなくて、ギルバート様がいいんじゃないのか?」
「んなわけないだろ。俺は兄上から警告されていたから、話を聞き出そうとしていただけで――」
「レイドのお兄さんが?」
「ああ。イヴも知ってるだろ?」

 首を傾げる俺に、信じられないと言わんばかりの表情をしたレイドが、溜息を吐く。

「ロミオ・クライン。第三騎士団の副団長だ」
 
 目が点になった俺は、俺を揶揄って楽しむ美形の変態の顔を思い出して、ヒィッと上擦った声を上げていた――。

















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