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第六章
131 黄金色の瞳 ラファエル
しおりを挟む人口百名にも満たない、小さなノラン村出身の私は、現在、特別待遇を受けている。
幼い頃は碌な食事も与えてもらえず、畑の前で『大きくなぁれ』と呟き、生えてきた瑞々しい草を口に含んで過ごしていた。
そんな惨めな生活を送っていた私が、今や『豊穣の神』と崇められ、王族の方とも肩を並べる存在となったのだ。
(村に魔物に現れた時は恐ろしかったけど、今思えばすごく幸運なことだったのかも……)
火傷の醜い跡が残る腕を治して下さった、命の恩人であるアデルバート・バーデン様。
私の境遇を知って心を痛め、今後の保証をして下さったランドルフ・ユリノクト様。
豊穣の神を支えたい、と熱く語って下さったクリストファー第一王子殿下。
祖父に蔑ろにされる事もなく、空腹になる事も、腕の痛みに苦しむこともない。
何不自由のない生活を送っているのも、全ては辛い環境から私を救って下さった、ジュリアス第二王子殿下のおかげだ。
村にはいなかった美しい人々に囲まれて、私の世界は眩いものへと劇的な変化を遂げていた。
そして偉大な力を見せることによって、紋章を授かる者だと皆に示すために、王宮の敷地内にある畑に向かうことになった。
敵が攻めてきた時に籠城出来るよう、遥か昔から使用されていた場所で、平和になった今でも作物を育てているそうだ。
畑の面積は私の村の畑と同じくらいで、然程広くはない。
左手の甲に浮かぶ紋章の人物と同じように、両手を天に向けて上げた。
『大きくなぁれ』と、いつも呟いていたことと同じ言葉を言ってみる。
全体の四分の一にあたる土が、ぽこぽこと動き出し、緑色の小さな芽が出た。
「「「っ……」」」
幼い頃から見慣れた景色だが、私の周りで見ていた者達が息を呑んだ。
まさかこの現象が、豊穣の神としての力だとは思いもしなかった。
(村でやっていたことと同じだから、あと三日かけて祈れば、この畑の作物もすくすくと育つはず)
両手を下ろして終了したことを告げると、お偉いさん達がざわざわし始めた。
――力が弱すぎる。
ハッキリとは聞こえなかったけど、私の不思議な力は、彼らの思うようなものではなかったらしい。
その後は場所を変えて力を試すも、一日に少しだけしか力を発揮できないため、散々な言われようだった。
私と同じような恵まれない人達の力になれると思っていたのに、惨めな気持ちになる。
気落ちしていると、国王陛下から呼び出された。
「紋章を授かる者の中には、愛されて力が増す者がいる。可能性はかなり低いが、試してみるか?」
私に判断を委ねてくれているが、実際には周囲の大臣達の圧によって、命令されたも同然だった。
話を聞けば、肌を重ねることによって、力を覚醒させることができるかもしれないという。
人前で肌を見せることが出来なかった私は、人と触れ合ったことがない。
上手くできるのかと迷っていると、相手は王子だと聞かされた。
(未成年のアルフレッド殿下は除外されるだろうから、クリストファー殿下かジュリアス殿下……)
二人とも美しく優しい王子様だから安心だ。
ジュリアス殿下だったらいいな、と少しだけ期待していた。
使用人達に体を磨かれ、ドキドキしながら待っていると、深紅の髪のつり目の人が訪れた。
予想外のことに狼狽えたのだけれど、「先延ばしにしていても自分が辛くなるだけだぞ」と励まされて、互いに秘薬を飲んで行為に及んだ。
初めての快感に戸惑いつつも、もし次にジュリアス殿下と同じようなことが出来たなら……と、胸を躍らせる結果となった。
私が出逢った人の中で一番美しく、まさに王子様といった容姿のジュリアス殿下。
不思議な力が弱いことが判明しても、私に寄り添って下さる優しいジュリアス殿下のことをお慕いしているのだけど、残念なことに彼には恋人がいる。
親族に二人も勇者がいる彼──イヴ・セオフィロスさんもまた、なかなか辛い環境にいる人だ。
ジュリアス殿下の秘密の恋人でなければ、同情していたと思う。
だって、彼だけ凡人なのだから……。
親切な人たちが教えてくれた話によると、私とジュリアス殿下の婚約話が出ているから、今彼はクリストファー殿下に媚を売っているそうだ。
父親がいなくなれば、彼だけは平民になるから、今から高い地位にいる方の婚約者になって、貴族に縋り付きたいらしい。
一度この生活に慣れてしまえば、その気持ちもわからなくもないけど、すごく逞しい人だなと思う。
「彼にはジュリアス殿下がついているので、私共からの忠告は聞いていただけないのです。彼のせいで殿下の評判が落ちていることに、皆が胸を痛めております。どうか、豊穣の神様の方から、一言ガツンと言っていただけないでしょうか……」
お偉い大臣の方に頭を下げられて、ジュリアス殿下や彼らのためにも了承した。
いくら身内に紋章を授かる者がいるからと、彼自身が偉いわけではない。
それに恋人を愛しているのなら、忠告されずとも自ら身を引くべきだと思う。
そう思って、彼に会いたいとジュリアス殿下にお願いしたけど、体調を崩しているようだ。
何日経っても会わせてもらえず、仕方がないので祈りを捧げる時間を短縮し、親切な人の手を借りてイヴ・セオフィロスさんに会いに行くことにした。
第一騎士団の宿舎に向かう彼に近づくと、何処からともなく護衛が現れて囲まれる。
それでも私は豊穣の神だから、誰も手を出す事はできない。
「イヴ・セオフィロスさん! お話があります!」
「お控え下さい」
琥珀色の髪の護衛が一歩前に出て、私を威圧するように見下ろされる。
共にいた大臣達が、ぎゃーぎゃー喚き出す。
大事になってジュリアス殿下にバレては困るとおたおたしていると、魅惑的な美貌の持ち主が一歩前に出た。
「どのようなご用件でしょうか」
「っ、」
凛とした姿のイヴ・セオフィロスさんを前にし、私はごくりと唾を飲む。
「あのっ、ジュリアス殿下やクリストファー殿下を惑わすのはやめてください! 彼らの評判が地の底に落ちてしまいます!」
「……惑わす?」
怪訝な顔も美しいイヴ・セオフィロスさんが、大臣達に鋭い視線を向ける。
「なんだその目は、生意気なっ!」
「勇者の息子だからと威張りおって!」
「豊穣の神のお言葉が聞けないというのか!」
私を後押しするように、大臣達が一斉に彼を詰り出す。
あまりにも圧がすごくて、動揺しながらも私は彼らに同調した。
そして、イヴ・セオフィロスさんが大臣達の顔を覚えるように見回し、再度黄金色の瞳と視線が交わった瞬間。
私の膝が、カタカタと震え出した。
(私は一体、彼に何を言おうとしていたのだろう)
このお方に逆らうなど、ありえない。
「どうかされましたか……?」
気付けばふくよかな大臣が隣に立っており、首を垂れる私の顔を覗き込んでいた。
自分でも、なぜ頭を下げていたのかわからない。
恐る恐る顔を上げて、目の前のお方の顔色を窺うと、なんとも哀れだと言われているような表情で見られていた。
不思議と先程の恐ろしいような感覚に陥らなかったが、それでも黄金色の瞳を直視することが出来なかった。
ぶつぶつと文句を垂れる大臣達と共に引き下がると、背後から護衛がイヴ・セオフィロス様に謝罪する話し声が聞こえた。
「告げ口する必要はありません。ただ、貴方達にも報告義務はあるでしょうから、大臣達が豊穣の神を利用しようとしていたと話してください。特に処罰はいりません、慣れていますので」
淡々と話したイヴ・セオフィロス様のお言葉を聞き、私はどうして大臣達に言われるがまま忠告したのかと、最初の意気込んでいた気持ちが消え去り、よくわからない感情になっていた――。
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