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第六章
132 気のせいか?
しおりを挟む「昨日は大変だったな。次からは大臣らと接触することのないように、護衛の人数を倍に増やすよ」
「別にそんなことは望んでおりませんが」
心配性な第一王子殿下に、気持ちだけ受け取ると伝えた俺は、昨日自室に戻る際に、大臣共とラファエルさんに突撃された。
狸達の操り人形と化しているラファエルさんに絡まれたところで、どうってことない。
ジュリアス殿下を巡って戦うのであれば、受けて立つ。
メラメラに燃えている俺は、その気持ちを削ぐかのように、長い指で顎の下をこしょこしょと撫で回されていた。
「俺は王子様のペットではないんですけど」
揶揄うのはやめてほしいのだが、無駄な抵抗をしても疲れるだけなので、されるがままだ。
「なにか言ったか?」
「……別に?」
俺がツンとした態度を取っても、美丈夫は藍色の瞳をキラッキラに輝かせていた。
各騎士団の近況報告書に目を通し、喜びつつも落胆している俺は、現在クリストファー殿下の自室でソファーに寝転び、美丈夫に膝枕をされている。
(いくら慣れたからって、寛ぎすぎだろう……)
だが、俺が足の間にいるよりは仕事が捗るようだし、王子様のご希望なので、黙って従っている。
第一騎士団と第二騎士団の功績争いが激化しており、エリオット様はまだまだ王都には戻って来られないようだ。
ちなみに第四も、マテオさん達の村の魔物を駆逐し、新たな地域に向かっているので、彼らだって頑張っている。
もしかしたらグリフィン団長あたりは叙爵されるかもしれないな、と頬を緩んだ。
「ロズウェル団長が活躍しているとはいえ、怪我人は出ている。イヴ達の代わりに派遣した医師達も腕が良い者を選んだのだが、やはり以前と比較してしまうとな……」
「まあ、そうなりますよね……」
「今はアレンが抜けたから仕方がないと思われているが、いずれはおかしいと気付く者も出て来るだろう。なにせ、第二に移籍した四人が使えない奴らだったからな」
肩を竦めるクリストファー殿下に、俺は「よくお分かりで」と頷いた。
婚活に勤しんでいた四人組がもっと有能だったならまだ誤魔化せたかもしれないが、今更言っても仕方がない。
今後、怪我人が増えていけば、以前より治りが遅いことを不審に思うはずだ。
(むしろ、俺達がいた時が、異様に早かっただけなんだがな?)
それに、治療の際に使用する医療品の消耗も早いはずだし、いずれ疑問を抱く人も出てくるだろう。
「でも負傷者を前にしたら、誤魔化すことを考える余裕なんてありませんでした。あの時は、力をコントロールすることも難しかったので……」
「ああ、わかってる。別に責めているわけじゃないからな?」
言い訳っぽくなってしまったが事実を述べると、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられる。
休憩しようと告げたクリストファー殿下が、俺の手から書類を取り上げた。
「ロズウェル団長とは、普段なにをして過ごしているんだ?」
咄嗟に答えられなかった俺は、過去を振り返る。
エリオット様といる時は、だいたい稽古かゴロゴロしながらお喋りしているくらいで、特に二人で出掛けたことはないかもしれない。
「部屋でまったりしてるだけですね。なにせあのお方はお忙しいので」
「そうか……。それなら今の私達と同じだな?」
「全然違いますけど」
直様否定すれば、どうしてかクリストファー殿下はショックを受けた顔をしていた。
「貴方はお仕事中でしょう」
「……ククッ、そうだな?」
意外と浮き沈みが激しいクリストファー殿下は、ジュリアス殿下に似ている。
俺の顔色ばかり窺う王子様を思い出して、俺はくすりと笑った。
「イヴが最大限の力を発揮出来るようになれば、恋仲だと隠す必要もなくなるだろう。人目を気にせずベタベタ出来るな?」
「……プレッシャーかけてます?」
すっと起き上がった俺は、不機嫌そうに目を細めた。
「ククッ、いや? 隠しているのは、彼の評判を落としたくないと思っているからだろう?」
「……ええ、まあ」
「それなら私との関係を、もう少しだけ進展しないか?」
流れるように顎をクイッと持ち上げられて、ニタリと笑われる。
(肌を重ねる気もないくせに、よく言うよな)
「結構です」
「それは残念だ」
フンと顔を背けた俺は、また膝の上に寝転んだ。
「――猫みたいで可愛いな」
飽きることなく、俺の頭をなでなでするクリストファー殿下が、とち狂ったことを言い出した。
(もしかすると、クリストファー殿下はネコを知らないんじゃないか?)
無愛想な俺が、猫に似てるわけがない。
「つかぬことをお聞きしますが。猫って知ってます?」
「っ、ククククッ」
「…………なにがおかしいんだよ」
ただ話しているだけなのに、なぜかじんわりと胸が温かくなる。
クリストファー殿下の顔を見上げれば、普段通りの笑みを浮かべており、特に変わった様子はない。
……気のせいか。
それから他愛もない会話をし、書類の整理を手伝ったりと、有意義な時間を過ごしていた。
夕方には保護されている国民達のもとへ行き、治療の手伝いをしていたアレン君を誘って癒しの力を使うことにした。
軽傷者三人を、まとめて治癒出来るのかを試す。
少し前までは口付ける必要があったから、一人ずつ行っていたが、今は祈るだけでいい。
第四騎士団の救護室に三人を呼び、眠りの深くなる特別な香を焚いて彼らを眠らせた。
「心と体の傷が癒されますように……」
祈りを捧げた瞬間、俺の全身からぶわりと金色の結晶が舞い、彼らの体に吸い込まれる。
十代の青年の右足、三十代の女性の左腕、老人の腹部を中心に、光が舞う。
体から力が抜けていくのを感じているうちに、静かに光が消えていった。
「っ、大成功です~~ッ!!」
その場で飛び跳ねて、治癒した俺より大喜びのアレン君とハイタッチをした。
二人で彼らの傷が癒えていることを確認し、包帯を巻き直す。
(明日の朝には完治したことに気付いて、家族のもとへ戻れるだろう)
再会を喜ぶ姿を想像して、ほくほく顔になった。
「明日は人数を増やしてみようか」
「はいっ! どんどんやっちゃいましょうっ!」
「ククッ、なんだか俺よりアレン君の方が気合入ってるな?」
「それはもうッ! キラキラ女神様の降臨を、この目に焼き付けたいのでッ!」
……怪我人のためではなかったのか。
興奮気味に語るアレン君が面白くて、俺は声を上げて笑っていた。
「アデル兄様にも見せたいので、次は誘ってみませんか?」
「ああ、そうしよう。久々に会いたい」
ふたりで宿舎を出ると、仕事帰りの第三騎士団の救護班の方々が前方から歩いてきた。
軽く会釈をして通り過ぎる時、四人のうちの最後尾にいた水色の髪の青年の腕が触れる。
「っ……」
ぞわぞわっと何かが体を駆け巡り、俺は瞬時に距離を取った。
「あっ、すみません」
ぺこりと頭を下げた青年は、申し訳なさそうに謝罪をする。
水色の瞳を潤ませる青年に、こちらこそ、と頭を下げると、ほっとしたように笑みを浮かべていた。
気弱そうな可愛らしい顔立ちの青年は、俺が急に仲間入りしても快く迎えてくれた方だ。
腕が触れただけで、意図してぶつかってきたわけではないことはわかっているのだが、なぜだか不快感で胸がいっぱいになった。
「お疲れ様です」
仲間達のもとに、とことこと歩いていく青年の背を見送る。
「どうかしたんですか?」
「いや……なんだか寒気がして」
「風邪ですか!? 大変っ! 早く休まないと」
「体調が悪いわけじゃないんだけど……、うん。大丈夫」
「またぁ! そうやって無理して、また倒れて……目が覚めなくなったら……うっ、ぐずっ」
俺が意識不明になったときのことを思い出したのか、ライム色の瞳に涙が溜まっていく。
いつも俺のことを気にかけてくれるアレンくんの優しさが嬉しくて、口許が緩んだ。
「心配かけてごめんな」
心なしか下がっている目尻の涙を拭ってあげていると、聞き慣れた笑い声が聞こえて来た。
「アレンには、随分と優しいんだな?」
フッと口角を上げるクリストファー殿下の登場に、俺は驚いて目が丸くなる。
「私にも同じように接して欲しいものだ」
「クリストファー殿下にも、かなり優しく接していますけど?」
俺が同じように片方の口角を上げて答えると、生意気だと告げられて、わしゃわしゃと髪をかき混ぜられた。
その時、ふわりと胸が温かくなった。
じっと藍色の瞳を見上げて観察していると、クリストファー殿下が一歩近付いて俺の顔を覗き込む。
「どうした?」
「あっ……いえ、成功しましたよ」
「そうか!」
「……クリストファー殿下のおかげかはわかりませんけどね?」
距離が縮まって、一層胸がじんわりと温かくなった俺は、可愛げのないことを言って誤魔化した。
ガクッと項垂れる美丈夫が、「やはり生意気だ」と、笑いながら呟く。
結果が気になって、わざわざ足を運んでくれたお方は、心から俺の力になろうとしてくれている。
「今日は早く休むように。明日も待っている」
「はい」
優しく微笑んだクリストファー殿下を見送る。
ぼんやりとしていると、目の前で手がヒラヒラと動いていた。
「やっぱり熱があるんですか?」
「ん? いや、ちょっと気になることがあって」
こてりと首を傾げるアレン君に、なんでもないと答えた俺は、今も温かな胸元をそっと撫でていた。
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