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第六章
142 恐怖体験
しおりを挟む周囲を確認し、俺の腰を強く抱く美青年は、銀縁眼鏡をゆっくりと持ち上げる。
「名前は聞いていないのですね」
「はい」
「そうですか……。ひとりだけ、心当たりがいるのですが」
「高位貴族の方ですか?」
「ええ、まあ……」
歯切れの悪いランドルフ様に、俺はやっぱりそうかと頷いた。
不敬な態度を取ってしまったな。
若干後悔していると、衝撃の事実を告げられる。
「ただ、そのお方は既に亡くなっています」
「っ……!?」
ゾワゾワッと背筋に冷たいものが走り、俺はさりげなくランドルフ様にしがみつく。
「……お化け?」
「ふふっ、イヴは怖い話が苦手だったんですね? 可愛いです」
「え……う、嘘?」
「いいえ、真実です」
「ヒッ!」
会話が続けられなくなった俺の膝は、カタカタと震えていた。
だって、さっきの美丈夫が幽霊だったとしても、俺はあの人の髪に触れたんだ。
(癒しの力のせいで、俺は幽霊とも会話できるようになったのか!?)
でも今思い出せば、死人のように体は冷たかったし、肌色も真っ白だったと思う。
より幽霊の可能性が高まって、あるかもわからない霊界に連れ去られないように、俺は温かな手を強く握りしめる。
「不安なら、今日は一緒に寝ますか?」
「っ、」
俺が素直にこくこくと頷くと、半笑いだったランドルフ様が目を見開く。
俺を抱き寄せたランドルフ様は、さっさとこの場から離れた。
馬車に乗せられ、ユリノクト邸ではなく、以前ランドルフ様が休養していた別邸に到着する。
「おかえりなさいませ!」
「ようこそお越しくださいました!」
主人の帰りを待っていた使用人たちに、どうしてか俺は大歓迎されていた。
豪華な夕飯をご馳走になり、湯浴み後は、ご丁寧に全身に花の香りのする液体を塗りたくられた。
まるでこれから初夜でもするのかと思うほどの丁寧さに、引き気味の俺。
「化粧は必要ないですね」
「ええ、ありのままが美しいかと」
真剣に話し合う使用人たちの目からは、本気で俺を歓迎していることが伝わってくる。
慣れない待遇に戸惑いつつも、彼らの気持ちが嬉しいので、俺はされるがままである。
「ここからは、私がご案内致します」
準備が整うと、ピンと背筋が伸びた美丈夫が俺を迎えに来る。
ランドルフ様の侍従である、ユジンさんだ。
長い髪を後ろで束ね、髪色と同じ夕日のような橙色の瞳が印象的。
口許にある黒子がセクシーなユジンさんは、現在二十五歳。
ランドルフ様が幼い頃からずっと傍で見守ってきた、信頼出来るお方だ。
「ご主人様の想いが実り、我々も嬉しい限りです。どうか末永く、よろしくお願いいたします」
「い、いえ……あの、俺はその……」
寝室に入る前に頭を下げられて、狼狽える。
ランドルフ様とも多分恋人なんだとは思うが、正直なところ、自分でもよくわかっていない。
それに俺には他にも恋人がいるわけで、なんだか申し訳ない気持ちになった。
「イヴを困らせないように」
「っ、ラルフ様!」
話し声が聞こえていたのか、呆れ顔のランドルフ様が顔を出した。
手を引かれて寝室に入ると、お姫様が使用するような天蓋が目を惹く寝台が、ドンと置かれていた。
その横にあるソファーに並んで腰かけると、ユジンさんが紅茶を用意してくれる。
温かな紅茶にほっこりとしていると、足の上にそっと手を置かれる。
「先程、イヴが会った黒髪の人物のことですが」
「ゴホッ」
「ふふふ、すみません」
黒髪美丈夫のことをすっかりと忘れていた俺は、盛大に咳き込んだ。
「話は朝起きてからにしましょうか。イヴは怖がりですからね?」
「べ、別に? 今して下さってかまいません」
「へぇ……」
にたりと笑うランドルフ様は、悪魔的な笑みで強がる俺を見つめる。
「確か、ガリレオ殿の……」
「……父様?」
怪訝な顔で呟く俺に、勿体ぶるランドルフ様がうっとりと答える。
「前の前のその前の……勇者様、ですね」
「っ、」
「何代前かは、忘れてしまいました」
笑みを深めるランドルフ様に、俺はぞわぞわっと全身に鳥肌が立った。
「うっ、嘘……」
「私はその方を見ていないのでわかりませんが、なにかで読んだことのある特徴でしたので。勘違いだったら謝ります」
「っ、い、いくら有能なラルフ様といえど、間違えることもある、でしょう……」
「ええ、もちろんです。ただ、もし生きていたとしたら……。そのお方は、優に五百歳を超えているでしょうね?」
「ヒィッ!」
指先でツーっといやらしく太腿を撫でられて、ソファーから尻が浮いた。
横に座るランドルフ様に飛びついて、腰に足を回して、ガッチリとしがみつく。
赤紫色の髪の中に顔をつっこんでいると、ランドルフ様が俺を抱えて大爆笑し始めた。
けらけらと笑う美青年の胸ぐらを掴んで、揺さぶってやる。
「チッ! ラルフ様! 揶揄ったんですか?!」
「いいえ? 真実を話しましたよ?」
目尻の涙を拭いながら、にっこりと笑うランドルフ様に、俺の意識が遠のく。
ぺろりと唇を舐められているが、恐怖からそれどころではない。
それなのに、ランドルフ様がここぞとばかりに、放心状態の俺の舌を吸い始める。
「んぅっ」
「ふふ、可愛い……。イヴ」
口内を味わうように舐めまわされて、どんどん気持ち良くなっていく。
体の力が抜けてぐったりとしていると、ふわふわのガウンの中に手が差し込まれる。
胸の飾りを弄ばれて、体が熱を持つ。
「ンッ……ラルフ、さまっ」
俺がとろんとした目で見つめると、うっとりと息を吐いたランドルフ様が、俺の背後に目を向ける。
(っ、ま、まさか……幽霊か!?)
ゆっくりと後ろを見れば、生暖かい目をしたユジンさんが、会釈をして去っていった――。
「っ……最悪だ」
「イヴがこの部屋に足を踏み入れた時点で、こうなることは皆が理解しているはずですよ?」
「そういう問題じゃないです。……っ、だからあんなに丁寧に体を磨かれたのか! 辱めだッ」
脇腹を軽く殴ってやると、意外と硬くて驚いた。
俺が驚いているうちに抱き上げられて、すたすたと寝台まで運ばれる。
抱きついたままガウンをチラリと捲れば、腹筋がバッキバキに割れていた。
「イヴのために鍛えたんですよ?」
「なぜ……? 俺の、ため……?」
「イヴを満足させるために、ここ半年間ずっと鍛えていたのです」
照れくさそうに微笑むランドルフ様だが、俺は開いた口が塞がらない。
発言の全てが謎すぎて、俺にはランドルフ様の思考が、一切理解出来なかった。
「今日は喜ばしい日でしたね」
「え、ええ……」
このまま美味しく食べられてしまうのかと身構えていたのだが、なぜかランドルフ様は俺を抱きしめて眠る体勢に入った。
「魔物が出現していなければ、今頃は他国からの来賓の対応に追われていたでしょう。なにせ我が国には、紋章を授かる者が三人もいるのです。それに、私の腕の中にはもう一人……。無敵状態です」
確かに言われてみれば、魔物が彷徨いているから他国からの使者は訪れていないものの、ローランド国と友好関係を築きたいと願う国ばかりだろう。
それはそれで喜ばしいことだと、嬉しそうに語るランドルフ様に相槌を打った。
(……今日はなにもしないのか?)
以前より、分厚くなった胸板に頬を寄せる。
俺が顔色を窺うように見上げると、優しく微笑んでいたお方の眉間にぐっと皺が寄る。
深い溜息を吐いたランドルフ様がゆっくりと顔を寄せ、唇が重なった。
「ん……は、ぁ……」
目を伏せて舌を絡ませ、たっぷりと口付けていると、唇が離れる。
予想でしかないが、ランドルフ様は経験豊富だ。
口付け一つも上手すぎて、艶かしい息を吐いた。
「はあ……。拷問でしかない」
「んぇ?」
「いえ、こちらの話です。ここは安全ですから、安心して寝てくださいね」
ぼんやりとする俺の顔を胸元に隠すように抱き込むランドルフ様は、ぶつぶつと何かを呟きながら、俺の頭に頬擦りをしていた。
「……ん、ラルフさま、ありがと……」
「~~っ!!」
会場警備や恐怖体験をした俺は、思っている以上に疲れていたようで、少し息苦しさがあったものの、そのまま眠りについていた。
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