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第八章

179 現実逃避 国王

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 当時はジュリアスに頼み込まれて謝罪はしたが、ガリレオ殿の息子といえど、私はあの者を息子から遠ざけたかった。

 才あるジュリアスの足を引っ張る存在だと認識していたため、私の彼への対応は、お世辞にも良いものではなかったのだ。

 私が彼を嫌悪していたと同じように、彼も国王である私を信頼することが出来なかったのだろう。

 彼が犯人だと端から決めつけ、真犯人がエリスだったとしても、特に気にしていなかった。

 疑われるような態度を取る方が悪いのだと……。

 知らなかったとはいえ、癒しの聖女様にとんでもない対応をしていたことに、目眩がする。

 「それに、癒しの聖女様は兄上の指示で動いていたのです」
 「……クリスが?」
 「ええ。エリスを庇ったせいで、兄上の立場が悪くなるからと。その時に彼が癒しの聖女様であると公表していれば、とんでもないことになっていたのですよ? なにせ、王族との関わりを絶っていたのですからね? ……見る目のない奴らばかりで、反吐が出る」
 
 低く吐き捨てられた言葉に、背筋が凍った。

 だが、私は賢王ではないが、これでも二十年近く国を統べてきたのだ。

 静かに話を聞き、熟考しているように見せているが、ここは頷く以外に選択肢はない。

 ジュリアスの手によって、癒しの聖女様を保護するという道を、既に塞がれてしまっているのだ。

 「陛下、ご安心を。私も癒しの聖女様と、親密な仲です。誤解されやすいお方ですが、ローランド国を愛しておられます。悪いようにはなりません」

 すっと心に届いた声に顔を上げると、レイモンドの息子が微笑んでいた。

 静かに怒るジュリアスを宥める彼もまた、癒しの聖女様と深い仲のようだ。

 原因不明の大病に打ち勝った逞しい人物だが、それも癒しの聖女様のお力だったことを知る。

 「息子を助けたいと強く願ったことにより、彼は紋章を授かったのです。本当ならば、その時に報告するはずだったのですが……。勇者セオドア様に亡命すると脅迫されました。それならば、癒しの聖女様が亡命したいなどと思わぬよう、息子たちが彼に寄り添ったのです」
 「……なるほど」
 「当時、癒しの聖女様は、お力をコントロールすることが出来ずに苦しんでおられました。しかし、彼を心から愛する者たちの支えによって、最大限の癒しの力を使いこなすことが出来るようになっています。仮に今、疫病が蔓延したとしても、国民を救うことができる段階にあります」

 水面下で動いてくれていたレイモンドに、ゆっくりと頷く。

 何の問題もないようにも思えるが、やはり癒しの聖女様を保護しなければという気持ちが強い。

 「だが、それなら余計に、安全な場所で保護すべきではないのか?」
 「癒しの力は、魔物に対して毒となることが報告されています。今回、勇者セオドア様が手も足も出なかった魔物を、癒しの聖女様が葬りました」
 「っ……それは、誠か」
 「はい、間違いございません。戦場では、癒しの力を利用し、魔物を弱体化させ、騎士たちの支援をすることによって、猛進しているのです。今、癒しの聖女様が抜ければ、魔物の王を討伐することは叶わないでしょう」

 次から次へと新たな情報を知り、背凭れにどっかりと体を預けて、天井を見上げる。

 人の命の重さは同じであるが、癒しの聖女様は別格なのだ。

 判断出来ずにいると、甘い美声が耳を擽る。

 「ご安心を。勇者セオドア様は、癒しの聖女様と家族になった時から、彼を心より愛しておられます。私を救ってくれた際も、ローランド国を滅ぼしてでも義兄を優先すると誓っていたのです」
 「っ……兄弟仲が悪いというのは、偽りだったのか」
 「はい。むしろ、二人は強い絆で結ばれています。それに……、癒しの聖女様の最初の恋人は、ロズウェル団長です。命に替えてでも守り抜くと誓っておいでです」
 「…………そうか」
 「この国の最大戦力でお守りしておりますので、どうかご安心なさってください」
 「ふむ。そうだな」

 妙に説得力のあるランドルフの言葉に、今の今まで悩んでいた私は、力強く頷いていた。

 「カリオストロ団長と、クライン副団長も参加させるべきではないか? あの二人は実力者だ。安全な王都を守るより、癒しの聖女様の近くに置いた方が良いかもしれないな」
 
 私の提案に顔を綻ばせるジュリアスは、さっそく想い人との婚約について語り出す。

 「父上? それでですね?」
 「ああ、わかっておる。好きにせよ」
 「やったッ!!」
 「……だが、癒しの聖女様の最初の恋人は、エリオット・ロズウェルなのではないのか?」

 国に不利益なことではなかったのだが、私に秘密で動いていたことに少しだけ腹が立っている。

 わざと嫌味を告げてみると、小躍りしていたジュリアスの目がすっと細くなった。

 「私もプロポーズされましたッ! ……閨でのことですが」
 「ふむ」
 「陛下、私もです。重婚を認めていただけますでしょうか」

 食い気味の息子の様子に、眉間の皺をほぐすレイモンドだったが、頭を下げられた。
 
 今のローランド国の法で重婚は認められていないが、癒しの聖女様を繋ぎ止めておくには、法を変える必要があるだろう。

 「仕事が増えたな」
 「っ、ありがとうございますっ!!」
 「それでですね、父上ッ」
 「まだあるのか……。もう勘弁してくれ」

 机に肘をつくが、お構いなしに激しく体を揺さぶられる。

 「魔物の王を討伐すると、なんでも好きな願いが一つ叶えられますよね?」
 「ああ、それがどうした?」
 「もしセオドアだったなら、絶対に頷かないでください! イヴを独り占めする気なんです!」

 なるほどと呟き、熟考する。

 もし勇者セオドアが願ったとしても、許可することは出来ないと思いつつも、首を横に振る。

 「それは、命がけで戦っている勇者セオドア様に失礼だろう」
 「そこをなんとか!」
 「ハァ……。それなら、ロズウェルが倒すことを祈るしかないな?」
 「……それはそれで嫌です」

 瞬時に目が据わるジュリアスは、私が頷くまで延々と強請り続ける。

 「イヴ・セオフィロスが関わると、どうしてこうも我儘になってしまうのだ……」

 溜息を吐くが、癒しの聖女様には、是非とも王妃になってもらいたい。

 必然的にジュリアスの願いは叶えられるのだが、その時は勇者セオドアに首を刎ねられるだろう。

 彼の裏の顔を思い出し、ぶるりと震える。

 「戴冠式を早めよう」
 「父上……、逃げるんですね?」
 「レイモンドは、第三騎士団の二人を至急第一騎士団の元へ」
 「父上ッ!!」

 今日は解散だと告げた私は、愛する妻に慰めてもらうことにする。

 まだ王位を譲る気はなかったのだが、ジュリアスなら任せられるだろう。

 息子と癒しの聖女様が深い仲なら、勇者セオドアも手を出さない……はず。

 普段は冷静な息子の叫び声を背に受けながら、癒しの聖女様に、円形脱毛症も治してもらえるのだろうかと、現実逃避した。






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