紋章が舌に浮かび上がるとか聞いてない

ぽんちゃん

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第九章

193 もう一人 ラファエル

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 三日間、朝が来なかった。

 こんな不可解なことは一度もなかった。

 魔物の王がこの世界を滅ぼそうとしていることを、誰しもが察していた。

 闇に包まれ、何処へ逃げても無駄なのだと……。

 

 「ラフ、大丈夫か?」
 「はい。クリス様……」

 ずっと傍で支えてくれる私の大切な人は、藍色の瞳を心配そうに揺らす。

 何処へ行っても魔物が襲って来て、怖くて仕方がないけど、クリストファー殿下自ら剣を取り、私を守ってくれていた。

 だから安心して、私のささやかな力を駆使し、各地に緑を芽吹かせる。

 今日も一仕事終えて眠ろうとすると、ピリピリと左手が痙攣し始めた。

 飛び起きると、私の隣で眠っていたクリストファー殿下も、直様目を開ける。

 「どうした? 手が痛むのか?」
 「っ…………あのお方がっ!!」
 「あのお方?」
 「っ、あ、あの、えっと、多分、イヴ・セオフィロス様がっ! あ、ああ、あ、力が漲ってくるっ! あつ、あついっ、熱いですっ!」

 体がどんどん熱くなる。

 汗を掻き、しどろもどろになりながらも話し続けていると、クリストファー殿下が私の背を優しく撫でてくれた。

 水を飲ませてもらい、ようやく落ち着いた頃に、私は呟いた。

 「魔物の王は、討伐されました……」

 カッと目を見開いたクリストファー殿下に手を引かれて外に出てみると、朝日が登っていた。

 毎日当たり前のように見ていた太陽が昇る光景なのに、私の目からは涙が流れていた。

 「あのお方が、魔物の王を葬り去ったのだと」
 「そうか……」

 私の隣から聞こえた低い声は、とても嬉しそうに響いた。

 「黄金色の瞳が、目に焼き付いているとはいえ……。どうしてあのお方の顔が思い浮かんだのでしょう……。彼は騎士ですが、勇者ではないのに」

 でも、彼が魔物の王を討伐したことは間違いないのだと感じ取る。

 不思議に思っていると、真剣な表情のクリストファー殿下が、私の肩に手を置いた。

 「ひとつだけ、話しておかなければならないことがある。イヴ・セオフィロスは、癒しの聖女様だ」
 「……えっ……?!」
 「ラフの腕を治癒したのもイヴだ。彼は、紋章を授かる者の頂点に君臨する存在。もしかしたら、あの時のラフは、豊穣の神の力を無くしていたのかもしれない……。イヴが力を分け与えたのだと私は考えている。なにせあの時、イヴは二週間ほど生死を彷徨っていたんだ」
 「っ、そんな……」

 信じられない話に、私の顔から血の気が引く。

 あの時、私は自身の運命を変えてくれたお方に、一体なにをした……。

 クリストファー殿下やジュリアス殿下に言い寄るなと、彼を責めるようなことを言ったのだ。

 絶望する私に、次に会ったときはお礼を言おうと優しく微笑むクリストファー殿下。

 お礼の前に、謝罪を受け入れて貰えるのかと、怖くてぶるぶるとみっともなく震えてしまう。

 「イヴなら気にしていないだろう。むしろ、ラフの活躍を望んでいるはずだ」

 そんなわけないだろうと言いたかったけど、一緒に謝罪すると告げられて、ゆっくりと頷いた。

 「今は私に出来ることをします」
 「ああ、その意気だ。イヴも喜ぶだろう」
 「っ、はいっ! もしかしたら、もっと力が使えるようになっているかも……。だって、力が漲っている気がするんですっ!!」

 ぱあっと笑みを浮かべると、目を細めたクリストファー殿下に可愛いと愛でられる。

 たくさんキスをしてもらって顔を蕩けさせていると、なにやら人が集まってきた。

 「クリストファー殿下! 近隣の村を襲っていた魔物が消滅しました!」
 「ああ、そうか。魔物の王が討伐されたようだ。一度、王都に帰還しよう」

 諸手を挙げて喜ぶ人々は、誰が魔物の王を討伐したのかという話で持ちきりだった。

 「勇者ガリレオ殿だろうな」
 「いや、勇者セオドア様かもしれないぞ! 可愛いお顔をなさっているが、優秀なお方だからな!」
 「甘いな? 我らの希望の星、エリオット・ロズウェル団長に決まってるだろうっ! あの人はな、俺たちとは違うんだよ。オーラが……」
 「それは、お前のタイプの話だろうがっ!」

 けらけらと笑う彼らは、満面の笑みだ。

 私はイヴ・セオフィロス様だと確信していたけど、最近ずっと暗い表情をしていたみんなが楽しそうに話しているから、内緒にしておいた。

 「私の一人勝ちだな……。クククッ……」
 
 なにやら大きな紙を見ながら、ほくそ笑むクリストファー殿下。

 こっそりと覗くと、誰が魔物の王を討伐するかの賭けをしていたらしい。

 こんなときに賭けだなんて、とぶつぶつと文句を言ってやったけど、みんなが楽しそうだったから見逃すことにした。

 というか、私も参加したかった……。

 勇者ガリレオ殿に多くの票が集まっていたが、私のちゃっかりとした恋人は、イヴ・セオフィロス様に賭けていた。

 「ズルしてる人がいる……」
 「ククッ。違うぞ? 他にも知っている者もいるが、誰もイヴには賭けていない。ジュリアスすらもな……。ククククククッ……」

 ジュリアス殿下が絡むと、彼は本当に悪いお顔をする。

 きっと揶揄うつもり満々なのだろう。

 でもよく見れば、他の人の名前も記されていた。
 
 「あれ? でも、もう一人いますよ?」
 「…………なるほどな」

 なにが、なるほどな? なのかはわからなかったけど、イヴ・セオフィロス様を信じていたお方は、彼の恋人の一人だそうだ。

 少しだけつまらなそうな顔になるクリストファー殿下の頬を、指先でツンツンと突いてやる。

 擽ったいぞと笑うお方は、目元を和らげる。

 「二人には、必ず幸せになってもらいたい……」

 八百年前の複雑な事情を知らない私だったが、お似合いだと思います、と答えた。

 宮廷医師に就任予定のお方は、癒しの聖女様の帰還を心待ちにしていることだろう。

 私にも優しく接してくれていたライム色の瞳の美青年を思い出し、二人が互いを癒し合う光景を想像しただけで、胸が温かくなった。

 「早く帰りましょう!」
 「そうだな、凱旋パレードが楽しみだ」

 無事に使命を全うした騎士の方々を出迎え、イヴ・セオフィロス様に謝罪して、お祝いの言葉を述べたい。

 出来ることなら、癒しの力を使うところを見せて欲しいなあ、と胸を躍らせていた私は、彼が深い眠りについていることを知る由もなかった。








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