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第九章

205 悪い男 (※)

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 癒しの聖女様としてお披露目する日を目前にして、慌ただしく準備をしている……かと思いきや、俺の周囲は驚くほど静かである。

 まるで、俺が恋人たちと婚約することが、最初から決められていたかのように──。

 癒しの聖女様の専属騎士から、当日の流れを指導される俺は、じっとりとした目を向けた。

 「二人を焚きつけたのは、エリオット様だったんですね?」
 「なんのことだ?」
 「…………すっとぼけんな、イケメン野郎」

 ぼそりと文句を言ってやると、フッと鼻で笑ったエリオット様は、戯けたように肩を竦めた。

 だって気付いたんだ。

 いつも俺の傍にいてくれるエリオット様が、二人が会いに来る前に、なにか用事を思い出したかのように、さりげなく部屋から退出していたんだ。

 裏で話し合っていたとしか思えなかった。

 はぐらかされることがわかっていたから、俺はランドルフ様を脅して、既に話を聞いているのだ。

 エリオット様が、俺と婚姻することを式典で発表するつもりだと話し、他の恋人たちはどうする気なのだと、焚きつけたことを……。

 思い通りに事が進み、満足そうな笑みを浮かべている愛する人は、不貞腐れている俺を背後から抱きしめる。

 「怒っているのか?」
 「別に?」
 「ククッ。だが、全てはイヴのためだ。今後も彼らがイヴを守ってくれる。味方は多い方が良いだろう?」
 「…………ソウデスネ」
 
 エリオット様の手のひらで転がされていることに気付いて、若干モヤモヤとしていると、顔を覗き込まれる。

 プイッと顔を背けると、反対側から覗き込まれて、視線が合わないように首を振り続ける。

 最終的には、フェイントをかけたエリオット様に口付けられて、ささやかな抵抗は終了した。

 だってこれからは、エリオット様を独占出来るんだ。

 拗ねている時間すら勿体ないとばかりに、大好きな人に擦り寄ると、軽々と膝の上に抱っこされる。

 「王太子となるジュリアス殿下と、癒しの聖女様の婚約の話は、元々、陛下から家臣へ内密に通達されていたんだ」
 「……へ?」
 「癒しの聖女様が魔物討伐に参戦することなど、到底考えられないことだ。重鎮たちからの反発を買うことは、目に見えていた。今後のことも考えて、イヴが国を裏切るつもりがないことを、皆に示す必要があった。だから陛下も、先手を打つしかなかったんだ。その頃、イヴは眠りについていたしな?」

 そうだったのかと、相槌を打つ。

 確かに、癒しの聖女様が王家の者と婚約すれば、皆とりあえずは安心するだろうな、と思う。

 「重鎮たちには真実を知らせていない。だが、いくら魔物の王を討伐したとしても、私たちが国への報告義務を怠ったことには変わりない。陛下の意向を汲むべきだとも考えたし、なによりイヴと殿下は強い絆で結ばれているだろう? 陛下から強制されたというより、イヴの意思で皆と結ばれたと思って欲しかったんだ」

 優しい口調で語られて、俺は素直に頷いた。

 俺のために動いてくれていたことを知って、申し訳ないのに嬉しくて、口許が緩む。

 「私はイヴを自分だけのものにしたいと思わないこともないが、イヴの幸せをなによりも願っている。だから、彼らを焚きつけたことを謝るつもりはないぞ? 私が愛した人は、協力してくれた大切な仲間を、悲しませるような人間ではないからな」
 「っ…………エリオット様ッ」
 
 俺のことをわかってくれていることに感動して、隙間なくぎゅうっと抱きつく。

 勤務中の専属騎士にキスをしまくる俺は、淫らでどうしようもない癒しの聖女様である。

 「だが、条件は付けさせてもらった」
 「……条件、ですか?」
 「ああ。私はイヴと婚姻するが、彼らはだ。イヴを守ることが出来ていないと判断した場合、直ぐにでも解消させる」

 ぐっと口角を持ち上げて、男前な顔を見せるエリオット様。

 だから、みんなはこれからも全力で俺を守ってくれるはずだと、話を締め括った。

 「みんなの憧れの漆黒の騎士様は、実は誰よりも悪い男だった……」
 「ククッ、嫌いになったか?」
 「全然? 俺の為を想って行動してくれたんですよね?」
 「ああ。いつもイヴのことだけを考えている」
 
 甘い台詞を吐くエリオット様に優しく口付けられ、うっとりと見つめる。

 さりげなく尻を撫でられて、さっきまで真剣な話をしていたというのに、急に恥ずかしくなる俺は、身を捩った。

 「癒しの聖女様の専属騎士様が、職務放棄してまーす!」
 「クククッ……。私の護衛対象が、誘惑してくるのが悪い」
 「っ、誘惑なんて……」
 「ん?」
 
 熱の孕む漆黒色の瞳に見入られて、口を噤んだ俺は、エリオット様の騎士服を寛げた。
 
 「誰が訪ねてくるかわからないし……。ちょっとだけですからね?」
 「っ……」

 寝台の端に腰掛けるエリオット様の前にしゃがみ、下着をおろす。

 ご立派なものを取り出して、ちろりと舌で舐めると、頭上から喉を鳴らす音がした。

 すぐにガチガチに硬くなったことが、嬉しいやら恥ずかしいのだが、そのことはおくびにも出さずに、せっせとご奉仕する。

 そんな俺の頭を優しく撫でるエリオット様は、艶かしい息を吐いた。

 豪華な騎士服を乱れさせ、欲情した目をしている俺の愛おしい人は、それはそれは淫らである。

 ぐちゅりと淫靡な音が鳴り、ぐぐっと頭を押さえつけられて喉奥まで咥え込む。

 苦しくて自然と涙が溜まるが、口内で脈打つ熱いものが愛おしくて、懸命に顔を動かした。

 「んぐっ……んっ、んぅっ」
 「っ、ああ、駄目だ……イヴっ」

 俺の頭をグイグイと押していたくせに、急に顔を離すように力を入れられて、ぷはっと口から陰茎が抜かれた。

 足の上を跨ぐように抱き上げられて、良いか? と問われる俺は、恥ずかしい気持ちを誤魔化すように目を瞬かせる。

 「駄目って言ってもするくせに」
 「……嫌なのか?」
 「そんなわけないでしょ」

 拗ねた顔をする俺に、満面の笑みを見せるエリオット様。

 色っぽく笑うエリオット様の首に腕を回してしなだれかかる俺は、こてりと首を傾げた。

 「お仕事は一旦休憩で良いですよね? 俺の専属騎士様?」

 目を見張ったエリオット様は、くつくつと喉を鳴らし、腰に来る声で『喜んで』と告げて、俺を抱き締めた。






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