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第十一章

243 今からやろう!

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 定例会議から一週間も経たないうちに、その知らせはやってきた。

 秋空に灰色の雲が覆い始めたが、王宮の庭園にある思い出の噴水の縁に腰を下ろすと、嬉しそうに俺の隣に腰掛けた金髪碧眼の王子様。

 俺の手の上に、自身の手を重ねて温めようとしてくれるジュリアス殿下に、俺は微笑みかける。

 恋人同士の時間を過ごしているように見えるが、俺たちの会話は、みんなが想像しているような甘いものではなかった。

 「辺境の地では、風邪に似た症状の病が流行り出していることがわかったんだ。自覚症状がないから、すぐに気付けなかったみたい」
 「……そうか。まだ死者は出ていないんだな?」
 
 俺の問いかけに頷いたジュリアス殿下だが、悩ましげな表情だ。

 「逆に王都近辺は平和そのもの。つまり、王都へ移住を希望している病を抱えた者たちは、知らぬうちに癒しの聖女様を求めていたんだと思う」
 「……ここ最近の俺が、各地で癒しの力を使っていたからか?」
 「その可能性は高いね。王都の空気が浄化されていたのかも……」

 手の甲をすりすりと撫でられて、擽ったくて肩を竦める。

 俺は重病人を治癒しただけで、空気を浄化だなんて、そんな大そうなことをしたわけではない。

 だが、調査報告書の数値を見るに、ジュリアス殿下の予想は的外れではないような気もしていた。

 「私たち以外の人間も、イヴの傍にいると心地が良いと感じているんだ。イヴから癒しの力が漏れてて、周辺の空気が浄化されているのかな?」
 「……そんなわけないだろ」
 「実際、選民主義だったあのマーヴィン・フォスナーだって、イヴにべったりじゃない? 今じゃ、貧しい民を優先して治癒すべきだ、なんて言っちゃってるんだよ? 一年前の彼からは、想像出来ないような発言だからね? わかってる?」

 凄いことなんだぞと、なぜかドヤ顔を披露しているジュリアス殿下。

 確かに、フォスナー侯爵の変わりようは、俺も目を見張るものがある。

 いつか彼が俺に惚れるのではないかと、無駄な心配をしている王子様は、嫉妬深くて可愛らしい。

 他人から見れば、異常なほど俺に執着して見えるらしいのだが、俺は深い愛情だとしか思えない。

 もしかしたら、誰よりも異常なのは俺なのかもしれないと思いながら、安心しろとばかりにぎゅっと手を握った。

 「今回気付けたのは、家畜も病にかかっていたからなんだ。大人しかった家畜が、急に人間に襲いかかってきたらしい」
 「…………」
 
 どうしてか、天に召された友人の顔を思い出した俺は、嫌な予感を振り払うように首を振る。

 「どうしたの?」
 「……いや、俺の考えすぎだと思う」

 なんでも話して欲しいと、碧眼に訴えられる。

 彼から視線を逸らすと、少し離れたところで、俺の専属騎士様と医師が仲良く会話をしている。

 尊い凸凹コンビを眺めてほっこりしていると、痛いくらいに手を握られる。

 むすっとしているジュリアス殿下を見つめて、小さく笑った俺は、真剣な表情に切り替える。

 「魔物の王は、実験をしていたって言ってたし、アイツは俺の手で確実に始末した。家畜が勝手に魔物化するなんてことは、ありえないはずだ」
 
 俺の話を静かに聞いていたジュリアス殿下に手を引かれて、立ち上がる。

 「怒ったのか?」

 おずおずと問いかけると、首を横に振るジュリアス殿下は、にこにこ笑顔だった。

 「魔物が生き残っているはずがないと、誰もが思っていたけど、ありえたよね? それなら、家畜が魔物化することも、ありえないとは言い切れないと思う。だからさ、今からやろう!」

 さぁ、ピクニックにでも行こう! みたいな軽いノリで告げたジュリアス殿下は、これでもかと碧眼を輝かせている。

 「い、今からか?」
 「うん! だって今日の添い寝担当は、私の日だから!」
 「…………力を使い果たすことを約束する」
 「っ、それは無しにしてっ! また眠りについちゃうなら、イヴが寝てる間に襲うからね?!」

 不穏な言葉と共に肩をに手を置かれて、ガクガクと体を揺さぶられる。

 「わ、わかった。わかったから……。力を使い果たさないように、なんとかコントロールするって」
 「本当?! 力を薄~く伸ばして、国全体に広げるイメージね?」
 「……料理かなにかか?」
 
 身振り手振りでわちゃわちゃとやっているジュリアス殿下が、そうそうと頷いているのだが、王子様は料理はしたことがないと思われる。

 だが、なんとなくイメージが出来た俺は、陛下の許可を得て、癒しの力を発動させることにした。

 


 以前、国民へのお披露目をした際に使用したバルコニーに出る。

 王族の方々はもちろん、居合わせた大臣や騎士たちも、俺の背後に集まっていた。

 集中するために目を伏せて、癒しの聖女様を見上げて、歓声を上げる国民の姿を思い出す。


 「魔物化なんて、絶対にさせない……」


 強い口調で言い放つが、俺の体から流れ出る癒しの光は、ひどく優しい色をして見えた。

 俺を中心にした黄金の光が、ゆっくりとローランド国を包み込む。

 台風でも来るのではないかと思わせる灰色の雲が、さーっと流れていく。

 陽の光で辺りが明るくなるのだが、不気味なくらいに静かだ……。

 国全体に力が行き届いたと感じ取った俺は、組んでいた手を解く。

 力が有り余っているなと振り返ると、腰を抜かして驚愕に目を見開いている人の群れ。


 「っ…………これが、覚醒状態」


 眩しいものを見るような目をするエリオット様に支えられているジュリアス殿下が、恍惚とした表情で俺を見つめていた。

 急にどうしたんだと首を傾げると、ブフォッと奇声を上げた王子様が気絶した。

 「ジュリアスが寝た……な?」
 
 なぜ急に眠ったのかはわからないが、俺は寝ている人を襲ったりなんてしないぞ?

 明日には各地から嬉しい報告が入るだろうと確信している俺は、今日は一人で熟睡出来そうだ。

 まだ結果は俺しかわからないのだろうけど、めちゃくちゃ凄いことをしたと思う。

 しかも一回で。

 それなのに、なぜか誰からも声をかけられることがなかった。

 俺は、ここぞという時にやる男なんだと、誰も褒めてくれないので、自画自賛する。

 一人寂しく自室に戻った俺は、みんなが声をかけられないほど興奮していたことに気付かずに、少しは労ってくれても良いんじゃないか? と思いながら、寝台にダイブした瞬間に眠りについていた。







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