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しおりを挟むアニカが聖女候補の頃から、レヴィには厳しく指導していたところを見てきた者たちにとっては、信じられない光景だったのだろう。
戸惑いを隠せない聖女候補たちが、ざわつき始めた。
(ついに、アニカお姉様の仮面が剥がれてしまった……。僕のせい、だよね?)
混乱する場をおさめるべく、レヴィは心配してくれているであろうアニカに向かって頭を下げた。
「申し訳ありません、アニカ様。でも、僕は……少しでも、ベアテル様のお力になりたいのです。お願いします、僕に治癒をさせてください」
「っ………………わかりました」
祈りを捧げるように手を組み、きらきらとした紫水晶のような瞳に見上げられたアニカは、唸り声を上げながら頷いていた。
ぐっと心の中でガッツポーズを決めたレヴィは、早速ベアテルの手を取った。
レヴィの手に血が付着し、マリアンナたちが悲鳴を上げていたが、レヴィは気にせず歩き出す。
厩舎まで案内してもらうために、木製の分厚い扉を開ければ、春の心地よい風がレヴィの髪を撫でる。
高い塀に囲まれているものの、辺り一面に植えられた木々からは、太陽の光をいっぱいに吸い込んだような、青い香りがした。
(っ……気持ちいい)
三歳の頃に預けられて以降、教会から一歩も外に出たことのないレヴィの目に飛び込んでくるものは、なにもかもが新鮮だった。
「いいですか、レヴィ。馬は人間とは違って、会話はできないのです。私が危険だと判断した際は、すぐに治癒をやめてもらいますからね? それに、馬と言っても、ウィンクラー辺境伯子息の愛馬は……いえ、馬と言っていいのか……特別、その――」
なにやら言い淀むアニカだったが、ベアテルの力になれると意気込んでいるレヴィの耳にはなにも届いていなかった――。
黄金色の瞳にじっと見下ろされていることに気付いたレヴィは、早足になる。
「すみません、心配ですよね? 早く行きましょう!」
ベアテルはレヴィが転ばぬよう、足元を見ていただけなのだが、そんなこととは知らないレヴィは、全力で走り出していた――。
結局、道がわからずにベアテルに手を引いてもらうレヴィが、急ぎ厩舎に向かえば、即席で作られたような巨大な荷車が置いてあった。
その近くに、漆黒色の馬が横たわっている。
(っ、馬って、こんなに大きいんだ……)
『バッ、バケモノ……』と誰かが呟いたが、ベアテルに睨まれ、慌てて口を噤む。
ベアテルは誰もが見惚れるような美貌の持ち主なのだが、今は随分と迫力があった。
愛馬のことを、とても大切に思っていることが伝わってくる。
そして腹部を負傷した愛馬のそばで膝をついたベアテルが、背後を振り返る。
皆は遠巻きに見ているだけで、レヴィ以外は誰も近付こうとはしなかった。
「頼めるか?」
「はい。馬も僕たちと同じ哺乳類ですし、治癒をできるかもしれません」
「「「っ、」」」
迷わずベアテルの隣にしゃがみ込んだレヴィは、馬の頬に触れる。
とてもあたたかく、触り心地が良い。
それに、レヴィがベアテルの友人だとわかったのかもしれない。
首筋に触れても、拒絶されることはなかった。
だが、固唾を飲んで見守っている者たちは、皆一様に震え上がっていた。
(治癒をできるかできないかは、やってみなければわからないと思う……。それなのに、みんなは何を怯えているのだろう?)
大人しい馬を撫でるレヴィは、「こんなに可愛いのに……」と呟き、こてりと首を傾げた。
ベアテルの愛馬の頭には、虹のようなアーチ状の二本の白いツノが生えている。
レヴィの手首よりも太く、固そうなツノだ。
足もレヴィの胴囲より太く、ゆうに三人は乗れそうな屈強な馬だった。
どう見てもただの馬ではないのだが、全く動じていないレヴィは、馬を見たことがなかったのだ――。
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